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苦手な方はどうぞ回避ください。
「じゃあ、またね」
鞄を手に教室を出ようとした花の腕を、がっちりと誰かがつかんだ。振り向くと、友人がにやにや笑っている。
「急ぐの?」
かながぐいと顔を近づけた。彩が彼女のうしろで呆れ顔をしている。花は苦笑した。
「うん、ごめんね。駅前のカフェはまた今度にして」
かなは頬に人差し指をそえて上目遣いで天井を見た。
「そうねー。花がどうして急ぐのか教えてくれたら、いい」
「ええ…?」
「だってケーキフェアは今日までなのよ~。あそこのサバラン大好きだから、付き合ってって言って約束したよねえ。それをキャンセルしてまでの用事ってなにー?」
「かな、やめなさいよ、もう」
「彩は気にならないの!? 花にカレシができたかもしれないじゃん!」
「それはない」
「なんでよ」
彩は、かなの額を軽く弾いた。
「見れば分かるわ」
花とかなは彩を凝視した。彩は何食わぬ顔で眼鏡のフレームを押し上げ、花を見返した。
「困ってないよね? 花」
花は鞄を胸に抱えた。
「うん」
「まあ、花の『おじさま』が、花がそんな目に遭うのを許さないと思うけど」
苦笑まじりに言われた言葉に、花は肩の力を抜いた。
「そう、ね」
「かなもそう思うでしょ」
彩に振り返られたかなも、気を呑まれた様子で小刻みに頷いた。花はふたりを見比べた。この友人たちのことをぜんぶ分かってるなんて言えない。けれど、ただの遊び友達ではない、色々と分かち合ってきたつもりだ。もちろん、孟徳のような百戦錬磨の大人から見たらままごとだろうけど。
花はふたりの腕を掴んだ。
「なに?」
「どうしたの?」
「ぜったい、ぜったい内緒にしてくれたら話す。」
彩の目が光り、かなの唇がにまりと弧を描いた。
孟徳の邸の前で、彩は長い息をついた。
「いつもながら凄いわあ」
「花ってば、まだ姫って呼ばれてるー」
「わたしだって恥ずかしいの! ほら、開いたよ」
がやがやと話しながら庭をつっきる。絶妙のタイミングで開いた玄関で、執事が礼をした。
「お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました。あの、お友達も一緒です」
相変わらずカッコイイ執事さんー、もうそれしか言うことないの、という囁きを、彼は慎み深い笑顔で聞き流した。花はおずおずと口を開いた。
「あの、元気にしていました、か…えっと、こう聞くのもおかしい、か。まだたった一日ですもんね」
執事は、営業用でない笑みをちらとのぞかせた。
「ミルクも召し上がって頂きました」
「わあ、ホントですか! 嬉しい」
その時、小さい足音が走ってきた。執事が体をずらすと、公瑾が階段を駆け下りてきて花の足にしがみついた。花はしゃがんでちいさい頭を撫でた。
「ただいま公瑾くん」
公瑾がきらきら笑う。花は彼の体を抱き上げ振り返った。かなが両頬に手を当てて口を開いて固まっている。彩は眼鏡を押し上げたまま止まっている。ふたりと花を交互に見ていた公瑾が首を傾げた。
「孟徳さんに甘えすぎでしょ!」
だん、と机を叩いた彩の剣幕に公瑾がそちらを見た。彼は、かなに羽交い締めにされてなで回されているので、首がようやく回るという程度だ。可愛い、という言葉以外忘れたらしいかなはたいそうご機嫌で、公瑾の髪はぐしゃぐしゃになっているが、孟徳相手のように抵抗はしていない。
執事がいれてくれた薫り高い紅茶はすっかり冷めた。それを飲む間もなく、彩の前に正座させられている花は、首を竦めた。
「分かってる」
「観用人形!」
彩は叫ぶように言って急に肩を落とし、かなと公瑾を見た。
「かな、いい加減にしなよ。」
「えーだってーかーわーいーいーー」
「彼にも迷惑でしょ」
「めいわく?」
かなが公瑾をのぞきこんだが、彼はなんだかぐったりして目を閉じている。花がそろそろと近寄ってかなの手から彼を受け取ると、公瑾はぱっと顔をあげて額を花の首にぐりぐり押しつけた。かながそれを見てもだえた。
「うっわーかわいい!」
「これに対してはみんなこうなんだから」
彩の語調がひどく強く、花は瞬きした。
「彩、観用人形を他に知ってるの?」
彩はふかい息をついて眼鏡を外した。かながその顔をのぞきこむ。
彼女はしばらく黙っていたが、公瑾がもぞもぞと花の膝の上で座り直すのを見てまた、息をついた。眼鏡をかけ直す。
「知ってる。」
「ええー? マジ?」
「花」
彩の目はとてもきつい。花は少し息を呑んだ。
「観用人形はすぐ枯れるわよ」
「彩?」
「ほんとうに、すぐ。この子たちの距離はあたしたちの距離よりずっと濃い。」
「距離が濃い、ってなによ。」
かなが唇を尖らしても、彩はそちらを見なかった。いつもは呆れたり怒ったりしてもそんな無視はしない。だから、かなもすいと表情を消した。花は公瑾を抱く手に力を込めた。
「ねえ、花。観用人形が枯れる、って知ってる?」
かれる、という言葉の不吉さに花は部屋が暗くなった気がした。
「わから、ない」
「この子たちは愛情を返して貰えないと消失するの。どう枯れるかなんて聞かないでね、わたしは知らないから」
「愛情を返さないって…どういうこと」
「この子を構わなくなること。」
花は公瑾を見た。こんなにかわいいものを構わなくなるというのは、どういうことだろう。彩は花の様子を見て、大人びた苦笑を浮かべた。
「手に入れたときはみんなそう思うのよ。こんなかわいい、きれいな者に目が向かなくなるなんて信じられないって。でもね、花。この子たちはいつまでもこのまま、きれいでかわいいままなの。それがどういうことか分かる?」
「どういうことって」
「時間が止まっているっていうことよ。でもあたしたちは日々変わるわ。子どもの頃のおもちゃで遊ばなくなるみたいに。この子のためには、全速力で時間を止めないといけないのよ。…そんなこと、たいがい、無理だわ」
間近で、公瑾が目をのぞき込んでくる。花は、その背を抱く手に我知らず力を込めた。
「…でも、変わらないものだって、あると思う…」
彩が長い息をついた。
「どうして人形の肩を持つのよ」
「だってこの子は、いちど戻されて来たんだって。それきり泣いてばかりいたの。それがやっと止まったのに、また帰すなんて考えられない」
「…花らしいね」
かなが小さく言った。そして、黙り込む彩を見た。
「孟徳さんも、花だし、許したんだよ」
「二重の意味でね」
「もう、止めなって」
花は彩の横顔を見つめた。
「彩は」
「そうだよ、枯らしたの」
声は、とても暗いところをのぞき込むような調子だった。
「すごく小さかったなんて言い訳にもならないんだけどね。学校に行き始めたら、学校や友達や楽しいことばっかりになって…母さんは、お店に帰したって言ってたけど。きっと、違う」
「どうして」
「枯れたのでなければ、あんなふうに全部隠したりしない。お人形の服もミルクの碗もベッドも。最も、枯れる、って言葉を知ったのはあとだけど。…ごめんね、花。わたしは観用人形がかわいいだけなんて思えない。」
公瑾は花を見つめている。その顔がだんだん曇る。花はまた、その小さい、ひとに比べたらずっとうすいぬくもりの体を抱きしめた。公瑾はただじっとしていた。
(続。)
(2012.6.1)
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