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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 どうしてか続いてしまいました和物パラレル。その2であります。
 本当にパラレルなので、お嫌いな方は回れ右してくださいね。
 
 
 風邪、なんとか治ってきております。しかし寒い!寒いよー。
 
 


 
 
 ドアチャイムの音に、文若は我に返った。店用の鈴に躰が反応するようにすっかり慣れていて、自宅用のものは一拍おいてからでないと気づかない。慌ててインターフォンで確認すると、花の家庭教師が笑顔で手を上げていた。文若はロックを外した。
 「いらっしゃいませ」
 「済みません、早く来すぎたでしょうか」
 玄徳の朗らかな声に文若は首を横に振った。
 「いえ、特に。しかし今日、妹は少し出かけているので…お待たせします」
 「早く来たのはこちらです。芙蓉君もまだでしょう」
 「そうですね。…どうぞ」
 応接室兼居間の座敷に通すと、玄徳は文若が持ってきた麦茶を美味そうに飲み干した。店以外はほとんどクーラーをかけないこの家は、どこから通るのか、とても涼しい風が一筋、いつも流れている。そこを探して花が階段や廊下で寝そべるのを猫のようだと何度叱ったことか。
 「花は高校にでも行ったのですか」
 「いえ。かねてから見たがっていた絵画展です。」
 「芙蓉君と?」
 「…いえ」
 返事が遅れた文若に、玄徳は眼を細めた。
 「あの小説家、ですか」
 「はい」
 玄徳は苦笑して文若を見た。
 「なんだかんだ言っておられるが、結局、許すんですね」
 「…妹が喜んでいたので」
 玄徳は後ろに手をつくと、天井を見た。文若もつられてそこを見たが、どこにでもあるありふれた合板の天井板があるだけだ。ただ、幼い花が怖いと泣いた模様を、今でも自分は見いだすことができる。忙しかった自分たち夫婦のかわりによく花と遊んでくれた玄徳も、そんなものを見ているかもしれない。親の都合と進学で引っ越すまで、家族同然のつきあいをしていたのだ。
 「夏休み前に、妹の進路指導を受けました」
 文若が静かに言い、玄徳は姿勢を正した。
 「どうでしたか」
 「妹の決意は固いようです。」
 玄徳は大きく息を吐いた。
 「では、この店で働くと」
 「ええ。」
 文若は腕組みして眼を閉じていた。
 「今までもさんざん話し合って来ましたが…ついに泣かせてしまいました」
 玄徳は驚いた。
 「花が?」
 「やりたいことをやればいいと言ったのは若菜だしわたしだと。やりたいことが見つかっているんだから祝福してくれてもいいのに、考え直したほうがいい、というようなことばかりどうして言うのかと…泣かれました」
 文若の口元には、苦い影が浮かんだ。
 「若菜があちらで怒っているかもしれません」
 「あなたも花のことをきちんと考えているんですから、若菜さんが怒ったりはしないでしょう」
 「それでも、花が泣くと若菜が泣いているようで」
 文若の声は自然と小さくなった。
 「若菜さんも、意外に頑固なところがあったからなあ。」
 玄徳に言われ、文若は微笑した。
 「若菜も、気概を表に出す性ではなかったけれど、花に比べればずいぶん負けず嫌いでした。だからわたしもここまでやってこれたのでしょうが」
 「あなたは着実な方ですから」
 玄徳は本心で言ったのだが、文若はゆるく首を横に振った。
 「玄徳先生にもひとつお願いがあるのです」
 玄徳が我に返って、難しい顔をしている文若を見た。
 「花は、よく勉強しているとは思います。」
 「そうですね。あの進学校であの成績ですから、頑張っているほうですよ」
 「彼女に言い訳としてこの店を選ばせるようなことはしたくない。ですから、先生にもよくよくお願いします」
 玄徳は小さく頭を下げた文若を見つめた。徐々に笑みが浮かぶ。
 「文若さん。あの子は若菜さんのお葬式の朝、ひとりで茶を沸かそうとするような子です。」
 文若の背が揺れた。
 眠れぬまま夜明かしした文若を、まだ仄暗い台所で出迎えたのは、茶を探して台所をうろうろする小さな義妹だった。ヤカンはもう沸騰していたが、茶筒を探すのに懸命で火を止めるのを忘れたらしい。文若が慌ててコンロの火を消し振り返ると、彼女は文若の湯飲みを手にして彼を見上げていた。彼女が湯飲みを差し出し、朝はお茶をのむと落ち着くの、と姉の口調で言った時、文若はその場に膝をついていた。
 …昨日のことのようだ。
 抱きしめた小さな義妹は、文若の頭をおそるおそる撫でた。そうして、おねえちゃんのかわりにやるの、と決意に溢れた幼い声で言ったのだ。
 「…あの子は、立ち止まらない。」
 低く言った文若に、玄徳は頷いた。
 「だから、文若さんの心配もきっと杞憂ですよ。」
 玄徳の笑顔は強かった。文若が眼を細めた時、ただいま、と明るい声が聞こえた。玄関に出ると、畳んだ日傘を抱きかかえた花が笑っている。白い大きな飾り襟が目立つブルーグレーのワンピースは、昨夜遅くまで芙蓉が唸っていただけあって、花によく似合っていた。当然のことのように彼女の後ろに立つ孟徳を、文若は見据えた。孟徳はへら、と笑った。
 「花ちゃんをお届け~。」
 「…それは、ご丁寧に」
 「お義兄ちゃん、絵はがき買ってきたよ。…あ、先生!」
 顔を出した玄徳に、花は慌てて頭を下げた。玄徳が笑顔で手を振る。さっさと座敷に上がり込んだ孟徳は、玄徳の差し向かいにだらしなく寝そべると伸びをした。
 「いやー、暑かった。文若、飲み物ちょうだい」
 「ここは店ではない。わたしに頼むなと何度言ったら分かる」
 「だって、俺が勝手にグラス出してくると文若は怒るだろ」
 「お前は使ってすぐ洗わないからだ」
 「いま着替えてきますね、先生」
 「芙蓉君もまだのようだから急がなくていい」
 「はあーい」
 軽い足音が階段を登っていく。やがて、ぱたん、と私室の扉が閉まる音が聞こえた。
 「なー文若」
 そのあたりにおいてあった団扇を勝手に遣いながら、孟徳が眼を細めた。
 「なんだ」
 「花ちゃんって人気あるよなあ。まるで狙ったような、っていうか俺は芙蓉ちゃんあたりから話が流れたと思ってるんだけど、途中、見事に邪魔されたよ。甘味屋にいつも来るあいつら」
 孟徳が珍しく苦々しげに言うのに、玄徳が笑った。
 「身から出た何とかだ」
 「うるさい。…そうそう、金髪の煩いのとそのお付きみたいな笑顔のうさんくさいやつ。ふわふわぁって人混みに押されちゃう花ちゃんを、まるで王子サマの如く救出、だよ。うさんくさくて嫌になる」
 「孟徳じゃ王子さまって年齢でもないからな」
 「恋をしたらいくつになっても相手は王子さまだ!」
 「…お前、かなり痛いぞ…」
 呟く玄徳に文若が大きく頷く。孟徳はそれを聞かなかった顔で、団扇を顔に乗せ横になった。
 「あの聖母は、若菜ちゃんに似てる」
 団扇の下から孟徳が小さな声で言った。文若は答えずに卓に麦茶を置いた。
 「若菜ちゃんが生きてる間は、似てない姉妹だって思ってたのに。ああして絵と並んでいるとすごく似てる」
 団扇にプリントされたまるっこい猫が、彼が話すたびにゆらゆら揺れる。
 「だから構う、などと言ったら出入り禁止にするぞ」
 まんざら冗談でもなく文若が言うと、団扇が孟徳の顔からことりと落ちて、ひどく神妙な眼差しの孟徳の顔が現れた。
 「でも花ちゃんを見るたびに、やっぱり誰にも似ていないって思う。花ちゃんはそこに気づいてないんだけどね…まあそれがいいのか」
 真面目な口調がふいにくだけて、文若は微苦笑した。立ち上がると、蜂蜜を少し入れた麦茶を孟徳の前に置く。彼が嬉しそうに飲み干した。猫のように満足そうな笑顔は、文若の内心など全部掴んでいそうに見えた。
 軽い足音がして、勉強道具一式を持った花が降りてきた。ちょうど芙蓉も到着して、座敷はあっという間にいっぱいになった。授業が始まった横では、孟徳が寝そべったまま、まるで自分の家のようにくつろいでタウン誌をめくっている。文若は新しい麦茶を入れに立ち上がった。
 
 
(2011.1.20)

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