現代モノのパラレルです。苦手な方はどうぞご遠慮ください。

いらっしゃいませ、と声を上げた花は目を丸くした。
ずいぶん背の高くて足が長い、格好の良いひとだ。少し長めの金髪を首の後ろで結わえている。洗濯しすぎなのか、元からなのか、くったりしたＴシャツをラフに着ているが、どんな高級ブランドでも着こなせそうなスタイルの良いひとだ。そのひとが入り口に立ち止まったままこっちを見ているので、花はつかの間、彼と見つめ合ってしまった。…どこかで会ったような気がする。
「えっと、仲謀くん…じゃないよ、ね？」
「残念、騙せなかったか」
歯切れよく言うと、男の人がサングラスを取った。明るい、強い眼差しだった。
「騙せるわけないだろう、背の高さが違いすぎる」
「そこだけかよ！」
花のよく知る彼が、声と共に割り込んできた。二組いた客が、何事だろうという目で振り返る。途端、仲謀は顔を紅くして立ちすくみ、彼によく似たひとがそつのない笑顔で誰ともなく頭を下げた。
「すみません、うるさくして。…座りましょうか」
公瑾が花に確認を取るように笑顔を向けたので、花は慌てて奥の席に案内した。
「これ、俺の兄貴。」
席につくなり仲謀が言ったので、花は苦笑した。頭を下げる。
「こんにちわ。」
「突然すぎんだよお前」
兄貴、と呼ばれた彼が仲謀の頭を軽く叩く。
「彼は伯符と言います。」
公瑾が脇から言った。
「久しぶりに日本に来たから、日本っぽいところ連れていけって弟に言ったら、ここだって言われてね。」
仲謀とは違う種類の笑顔のまぶしさに、花は眼を細めた。歯切れの良い言葉は聞いていて気持ちが良い。開けっぴろげなところは兄弟共通なのだろうか。
「ありがとう、仲謀くん」
微妙にそっぽを向きながら、おう、とかなんとか言った彼の前に、メニューを差し出す。伯符が公瑾を向いた。
「お前のおすすめは？」
「コーヒーゼリーでしょうか」
言った公瑾の視線が花に向く。花は頷いた。
「まだあります」
「なんだ、お前限定なのか？」
「そんなことないです」
花は慌てて首を振った。確かに、この店にコーヒーゼリーは浮いているかも知れないけれど、需要は多い。
「夏限定です。公瑾さんはいつも注文しますけど」
「小豆が苦手なんだろ。変わらないな」
意味ありげな眼差しに公瑾はふて腐れたように見えた。そんな子どもっぽい表情が珍しくて、花は内心、とても楽しくなった。。仲謀と来る時は年長者らしい余裕を崩さない彼だ。
「彼とはずいぶん昔からのつきあいですから」
花の気持ちを見透かしたように公瑾が低く言った。
「じゃ、コーヒーゼリーふたつと、仲謀、お前は？」
「あんみつ、黒蜜多め」
「はい、ありがとうございます。少々お待ち下さい」
花は頭を下げると厨房に引っ込んだ。注文を文若に告げると、彼は小さく頷いた。手際よく茶の準備をする。花は冷蔵庫からコーヒーゼリーを出して盆に載せた。おしぼりも脇に揃える。
「仲謀くんに、すごくよく似たお兄さんが来たよ。」
「そうか」
「日本っぽいところをって言われて、仲謀くんがここに連れてきてくれたんだって」
「有り難いな」
言いながら、文若が茶を盆に載せる。
「うん。じゃ、持っていくね」
「頼む」
花は笑顔で盆を持ち上げた。


ありがとうございました、と明るい声に送られて三人は店を出た。伯符が、渋そうな顔をした。
「この湿気が日本だよなあ」
心底、嫌そうに言った途端に、弟をにやにやとのぞき込む伯符に、公瑾は苦笑を向けた。
「…なんだよ、兄貴も公瑾も」
「ねえ伯符、仲謀もずいぶん成長したでしょう？」
「おう、もう心配ないな」
「なんだよ二人とも！」
「というか、別な意味で心配ですか？」
「そうだなあ、彼女には全然伝わってないみたいだしな」
「まあ言っていないのですから当然でしょう」
「へえ、で、いつ言うんだ？」
「なんだよ、知らねえよ！」
顔を真っ赤にした仲謀が足音高く先に歩き出す。伯符が眼を細めてその後ろ姿を見た。
「ああ、あれは本気だな。」
「そうでしょうねえ。あまり好きでない甘味をわざわざ食べに来るのですから」
「これで、彼女を紹介します、って連れてきたなら、俺ももうちょっとからかい甲斐があるんだけどなあ。」
「伯符」
くすくすと公瑾が笑う。
「日本に落ち着くのでしょう？　なら、これから時間はたっぷりありますよ」
「そうだ、公瑾、お前の彼女は？」
「居ませんし、要りません」
「相変わらずだなー」
伯符が大きく笑って歩き出す。公瑾もそれに並んだ。




（続。）
（２０１１．７．１９）

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