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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 現代モノのパラレルです。苦手な方はどうぞご遠慮ください。
 
 


 
 
 
 古風なベルを押すと、じいぃー、と蝉の泣き声のような音が家の中から聞こえた。それに応じて最近ようやく木製からスチールに変えられた玄関を乱暴に開けたのは、この家のあるじではなかった。花は慌てて頭を下げた。
 「こんにちわ、元譲さん」
 「ああ…すまんな、孟徳が我が儘を言って」
 元譲は疲れたように首を横に振った。
 「まったくあいつは。」
 「もうお店は閉店しましたから、大丈夫です。お義兄ちゃんも、元譲さんが困ってるならって言ってくれたし」
 「では、俺が…」
 「げーんじょーー!! 余計なことするな!」
 足音も荒く階段を下りてきた孟徳が、花に飛びつくようにしてたたきに下りた。大げさに花の手を握る。
 「ありがとう! 俺は頭脳労働だから甘い物が欠かせないんだよーなのに元譲が分かってくれなくてさ」
 「買ってきただろうが」
 「あれは俺の好みじゃない」
 孟徳が元譲を見もせずに言った。花は紙袋を孟徳に渡した。
 「水ようかんです。お店の余りだけでいいという話でしたけど、お義兄ちゃんが葛饅頭も持たせてくれました」
 孟徳が、小さく笑った。
 「文若は、なんだかんだ言って優しいな」
 「なんだかんだ言わなくても優しいですよ?」
 「はいはい。じゃあ花ちゃんも食べて行くよね。元譲、お茶ー」
 「…いい加減にしろ」
 「わたしいれます」
 花は苦笑して持参した小袋を持ち上げた。師匠こと孔明に買わされた、というか届けられた新茶だ。すっきりと仄かに甘いそれは、冷茶でも美味しい。きっと孟徳が好きだろうと思って持って来た。そう言うと孟徳はだらしなく笑み崩れ、うやうやしく花を先導した。
 
 
 
 
 満足した猫のような笑顔で、孟徳が茶を飲んでいる。花は元譲の前にも茶碗を置いた。
 「済まないな、俺まで」
 「済まないと思ってるならさっさと帰れ」
 「誰の所為だと思っている!」
 声を荒げた元譲は、花がくすりと笑ったのに気づいて気まずそうに咳払いをした。
 「とにかくだ。日付が変わる前には貰っていくぞ」
 「はいはーい。」
 軽く返事をする孟徳の目の下には、クマがくっきり居座っていた。これだから家から出たくなかったのだろうか、と花はちょっぴり邪推した。
 見た目と言動の軽さに反比例して、彼の書くものは理知的でクラシカルだ。登場人物は潔く、または潔くあろうとして哀しかった。だから花は、彼を疎ましく思わない。義兄もそうなのだろう。
 「あー、ごちそうさま。文若にお礼を言っておいて。ほんと美味しい」
 「はい。」
 花はちらりと、居間の隅に置いてある真新しい紙袋を見た。喫茶を始めたと評判の、街でも指折りの和菓子屋のものだ。花の視線を追って、孟徳が苦笑した。
 「持って行く?」
 「え? いえ、そんな」
 「もうどら焼き一個しか残ってないけどね。俺的には、皮が甘すぎた」
 「そう言いながら三つも食べたくせに」
 元譲がうっとうしそうに言った。彼は辛党だと聞いたことがある。その店は、あんこをその場で挟んで食べる最中が好評なのだ。そこであえてどらやきを買ってくるのだから、辛党は本当なのだろう。
 「いえ、本当に結構です。芙蓉と、今度お茶をしにいくんですよ。」
 「えー、俺と行こうよ」
 「孟徳さんは、本当に幸せそうに食べますものね」
 花は笑いながら言った。
 「いいなあ。芙蓉ちゃんと花ちゃんと暮らせるなら、俺、もういっかい高校生やりたい」
 あんまり羨ましそうに孟徳が言って、元譲が嫌な顔をした。
 「振り回されるだけだからな、きちんと断れ」
 本気で心配、というか不安げな元譲に、花は小さく声を上げて笑った。
 「元譲さんってば」
 「こいつならやりかねん。なにしろ、十年前から顔が同じだ」
 花は、孟徳が制服を着ているところを想像しておかしな気持ちになった。違和感がない。こう思ってしまうあたりが、義兄言うところの、「孟徳の魔術」かも知れない。
 元譲が茶のおかわりを欲しそうな顔をしたので、花は茶葉を替えに台所に立った。それなりに片付いてはいるが女性の手は入っていない、小さな台所だ。葉を替えていると、孟徳が背に立った。使っていたスプーンを、かちりと流しに置く。
 「洗っておきます」
 「うん、ありがとう」
 孟徳はにこりと笑った。
 「花ちゃん」
 「はい?」
 「花ちゃんは、いい子だね」
 突然の言葉に、花はぽかんとした。いつも言われる言葉だったが、その時の孟徳は年長者の顔をしていて、とても穏やかだった。
 孟徳さん、と問うように呼べば、そのひとは少し目を細めた。
 「花ちゃんはさ、誰のために良い子なのかな」
 「…え?」
 「ごめん、ちょっと気になった。」
 声にからかう風はなく、花は水道を止めて彼に向き直った。
 「心配してくださって、ありがとうございます」
 「そんな風に言わなくていいよ。半分は、花ちゃんがいつ俺のお嫁さんになってくれるのかなーっていう様子見だし」
 孟徳はいつもの、にへら、とした笑顔になった。
 「孟徳さんも、お姉ちゃんが亡くなった時にお義兄ちゃんが色々言われたことを知ってますよ…ね?」
 孟徳は笑みを少なくしてかすかに頷いた。血の繋がらない義兄とその妹が同居し続けることは、どうしても取り沙汰された。現に義兄の親戚筋は、風聞が悪いと義兄に戻ってくるように言ったらしい。しかし義兄は帰らなかった。その時の話し合いを、幼かった花は知らない。
 「最初はただ、お義兄ちゃんの邪魔にならないように、お義兄ちゃんが悪いことを言われないようにって思ってた気がします。きっとお義兄ちゃんもそうです。でもいまはわたしもお義兄ちゃんも、そんなふうではないと思います。…あの、こういう返事で、いいですか?」
 花はゆっくり小首を傾げた。孟徳も、花を真似たように首を傾け、軽く肩を竦めた。
 「ごめんね、変なことを聞いて。」
 「いいえ。…でも、良い子、っていうのは…よく、分からない、です。迷っている、それだけで、お義兄ちゃんに迷惑をかけてる気がします、から」
 「いくらでもかければいいよ。文若なんだし」
 いかにも彼らしい言い様に、花は苦笑した。
 「孟徳さんみたいに、お兄ちゃんと昔から知り合いだったら楽しかったのに」
 「いやいや、昔より今の方が絶対オモシロイって」
 孟徳は笑いながら、花の髪をくしゃりと撫でた。花は唇を尖らせた。
 「俺はちょっといま動けないから、元譲に送らせるね。」
 「大丈夫です、近くですから」
 「だめ。可愛い女の子は護られるものなの。」
 孟徳が元譲元譲、と呼びながらきびすを返した。その背が少しだけ、恨めしい気がする。
 ずっと護られている。孟徳の柔らかい言葉、文若の眼差し、孔明の指先、芙蓉の声…亡き姉の思い出。それらすべてをいつか抱きしめ返したいと思い定めて、まだ高校生というべきなのか、もう高校生と思うべきなのか。
 焦らなくても年は取る、と孔明はよく言う。そういうひとがいちばん変わらない気がするのにと、花は自分の胸を押さえた。
 
 
 
 
 
 (続。)
(2011.8.14)

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