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花は、人混みで立ち止まったままの芙蓉の手を引いた。日影が途切れたコンビニの前は人もわざわざ立ち止まったりしない。
「ねえ芙蓉、こっちだよ」
「ん? ああ、そうね」
上の空の芙蓉に、花は不審そうに眼を細めた。そういう表情をすると義兄に似ている、と孟徳が言う顔だった。
「どうしたの、さっきから。好きなひとでも居た?」
「居ないわよっ」
途端に芙蓉が真顔になったので、花は笑み崩れた。芙蓉は本当に分かりやすい。きっと似たひとが居たのだろう。
「花、その和菓子屋さんはこっちでしょ。行くわよ」
カナリアイエローのフレアワンピースを翻して芙蓉のヒールが音を立てる。
「うん」
花は慌てて後を追った。
甘味屋は混んでいた。平日のランチの時間だというのに、年かさの夫人たちが席を埋めている。幸い、彼女たちはすぐ席に案内された。木のテーブルと揃いの椅子はずいぶんモダンな印象で、花はテーブルに置かれた形の良い苔玉を眺めた。
注文が終わると、芙蓉は頬杖をついて店内を見回した。
「制服が可愛いわね。」
「うん。大正ロマン…ってカンジ?」
「動きづらそうだけど。でも店員さんの愛想はいいわ」
「芙蓉ったら、早速、チェック厳しいなあ」
芙蓉は唇を尖らせた。
「当たり前でしょ。文若さんのところでのバイト代は一瞬でも無駄にしないわ。」
彼女のこういうところが好きだ、と花は思った。
「花の感想は?」
「芙蓉ったら、そんなにきょろきょろしたら駄目だよ。そうだね、あんみつが来たら…」
声を途切れさせた花の視線を追った芙蓉が、目を丸くした。花が見ている、店の入り口にいる長身の二人連れの姿に芙蓉が声を潜める。
「仲謀くん…じゃないわね?」
「うん。仲謀くんのお兄さんだよ。伯符さん、って言ったかな」
「お兄さんにもあの笑顔魔人が付いてまわるのね」
ごくごく小声でげんなりと言った芙蓉の声を聞き分けた訳ではないだろうが、伯符はまっすぐ花を見て、笑顔で手を上げた。案内しようとする店員を遮り、大股で花たちのもとに歩いてくる。芙蓉が、さっとよそ行きの笑顔になった。
「よう」
伯符は、花の椅子の背もたれに手を置いて笑いかけてくる。花は一礼した。
「こんにちわ」
「こんにちわ、花さんと芙蓉さん」
いつもと相変わない丁寧な公瑾に、芙蓉が営業用の笑顔で一礼する。
「今日はここですか?」
花が聞くと、伯符は笑顔の輝きの目盛りを上げた。
「ああ。あのさ、同席させてもらえないか」
「いいですよ」
花は、空席に置いてあった自分の鞄を膝の上に置いた。伯符と公瑾が同席する。途端に、回りからの視線が強くなった気がして、花はちょっと首を竦めた。違ったタイプの格好いい男子だ、自分だって見てしまうだろう。
「敵情視察か」
おどけた様子で伯符が囁いたので、花も秘密めかし、唇の前に人差し指を立てた。伯符が、ちょっと虚を突かれた表情になり、笑み崩れた。
「可愛いなあ、あんた。花って言ったっけ。」
「はい」
「あの店が繁盛するのも分かるな。あそこ、確かに美味いけど、あんたが居ないと厳しそうだ」
花がちらりと芙蓉を見ると、彼女も何となく怒りづらそうな表情をしていた。孟徳あたりが言ったら噛みつくだろうに、相手がまだ親しくないだけに言えないのだろう。伯符は、運ばれてきた濃い茶を一口飲んで、舌を出した。
「茶は、あんたのところのほうが美味いな」
「ありがとうございます。ししょ…えっと、近所の茶問屋さんが吟味してくれたお茶を使っているので」
「そっか。仲謀から聞いたけど、高校生なんだよな?」
「はい」
「やっぱり、家に就職するのか?」
花は瞬きした。茶を飲んでいた公瑾が伯符の腕を叩いた。
「不躾でしょう」
伯符は公瑾を振り返り、その笑顔を見据えて首を竦めた。
「悪ぃ。弟も、進路に結構悩んでるからさ」
「そうなんですか? 仲謀くんは、伯符さんみたいになるって意気込んでましたけど」
兄を自慢する時の開けっぴろげな笑顔を思いだし、花は微笑んだ。伯符も照れくさそうに腕組みをした。
「そういうところはいいやつなんだけどな。別に俺にならなくていいのに」
花はふと、伯符を見た。
「追いつきたい…って思うのって、迷惑なんでしょうか」
「ん?」
伯符が急に真剣な顔をして、花は慌てて顔の前で手を振った。
「すみません、突然」
「いいさ、あんたも悩んでるんだな。うんうん」
「伯符、爺むさいですよ」
「うっせ。…あのな、迷惑なんてことはないぞ。嬉しいさ。でも、俺は俺だし、仲謀は仲謀だからな。俺ばっかり見てることはないぞー、と思うんだよ。俺だって敵わない、上には上が居る。視野が狭くなるのが俺の所為なら辛い。」
「視野が、狭い…」
花がぼんやり繰り返すと、伯符は真面目だった表情を一変させて苦笑した。
「てめえの後ろめたさだけかよ、って思うかもしれないけどな、幸いであるように願っているんだ。それだけは本当だよ」
分かっているよな、というように伯符が微笑うので、花も頷いた。
「わたしも、幸せになりたいと思ってます」
伯符はまた目を見開いたが、楽しげに笑顔を見せた。
「おお、幸せになれ」
「伯符…」
公瑾が額を押さえてわざとらしくため息をついた。ちょうどその時、それぞれに注文したものが運ばれてきたので、その話はそれで終わった。真剣に味見をし始める芙蓉や上品に味わっている公瑾に楽しげに話しかける伯符を見た。
義兄とは違うけれど、とても安心できる感触のあるひとだ。神経質そうな公瑾もこういうところを分かって付き合っているのかなと思い、花は羨ましくなった。
(続。)
(2011.11.8)
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