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現代版・文若さんと花ちゃん。
午後の電車は混んでいた。同じく海水浴帰りらしい乗客たちからは潮の匂いがしている。軽くシャワーを浴びたくらいでは、海の匂いは消せないものだ。あの独特の匂いは、必ず夏の午後と直結している。
ようやく見つけた空席に座らせた花たちの前に立って、文若は車内を見回した。男子ふたりは彼と背中合わせに立って、何か小声で話をしている。花たちはさっきまで話していたが、今は互いにもたれかかって幸せそうに眠っている。かなの手からスマホが滑り落ちそうになっているのを取り上げ、かたわらのかごバックに入れても気づかない。どうせ疲れているだろうからと昨夜は念を押して注意することはしなかったが(だいたい、小学生ではない)、この分だと遅くまで話してでもいたのだろうか。箸が転んでもおかしい年頃とはよく言ったものだ、常にしゃべっている。男子たちも、ふたりでいるとたまにスマホを見せ合いながら何か話しては居るが基本的に静かなのに、女子たちに混じるとよく話している。高校生というものか。自分の高校生の頃など、もうよく思い出せない。
電車は緩やかに揺れている。体がかしいで、減速したようだ。独特の調子のアナウンスが、駅名を告げる。
海水浴など、本当にいつ以来だったろう。アウトドアに熱心な両親ではなかったので、人並みの夏の思い出はあまり浮かばない。それでも、今回は来て良かった。今更に、ああ、花は女子高生なのだと思ったからだ。彼は胸ポケットを押さえた。こっそりと撮影した花火に照らされた彼女は、スマホの中で眠っている。
その彼女が何か話したそうにしているのはずっと気づいていた。進路のことだろうと分かってもいる。だから聞かない。ずるいものとは思うが、それだけ受け止めるのにも助走が要るのだ。
彼女の行く先が輝いて見えるのは、己が年上だからだ。まったく、感傷だ。己のことならともかく、まさに成長していく彼女をそう見てしまうなど、なんと傲慢だろう。これがただの恋ゆえなら、良かったのに。
花は今回も、言い出さなかった。自分も切り出さなかった。何を言い出されても、それが花のためになると信じられるなら応援するだけだ。そこに自分の判断を入れようとするあたりがずるいのだろうかといつも諮詢はするが。
ただ二人でいられるだけならこんなに迷いはしない。
ただ二人でいるだけならこんなに満足はしない。
花の頬に夕日がちらちらと射している。もう2駅で乗り換えだ。そろそろ起こしてやろうかと思いながら、彼は黙ってその反射を見ていた。
(2015.11.06)
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