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現代版・文若さんと花ちゃん。
文若はため息をついて起き上がった。元日の朝、こんな日ぐらいは寝坊してもいいと思うのだが、休みの日ほど早起きするのは何故なのか。しかし、ため息をついて起きるとは、新年にふさわしくない。彼は枕元の時計をもう一度見た。まだ8時だ。
寝床から出てカーテンを開けた。眩しい日差しが差し込む。この土地らしい、乾いた明るい空だ。
パジャマに部屋着を羽織って暖房をつける。台所で湯を沸かしているとやっと部屋が暖まってきた。新年にと取っておいた緑茶の封を切る。同僚がくれたもので、彼のしたり顔が浮かぶとなんとなくいらっとするが、この爽やかな香りに罪はないだろう。
新聞を取ってきて広げる。初売りのチラシが非常に多くて、これを見ると正月だという気がする。福袋など買ったことがないので分からないが、花は何か買うと言っていなかったろうか。あの友人たちと行くのだろう、いつも仲がよくて結構なことだ。新聞を読み流しながらテレビを付けると、初詣の列の長さを騒々しくレポートしている。それを見ると、吹っ切ったはずのもやもやした気持ちがまた心をかすめる。
初詣に、花を誘うべきかずいぶん迷った。しかし、正月は家族と過ごすべきではないかという、一般的な常識が邪魔をした。女子にまめな同僚なら、気の毒な目をされることだろう、いや、する。
だが、花は進学で遠くへ行くかもしれないのだ。最近の頑張りからすると、行くだろう。だから今は、恋だの何だのと言っていられる時期ではない。
ぼんやりしながらでも、新聞もチラシも読み終わった。テレビは見るものがない。近所の神社に初詣にでも行くかと思い、着替え始める。
玄関を開けると、意外に風が冷たい。慌ててマフラーを取りに戻る。
郵便受けをのぞき込むと、もう年賀状が来ていた。もともと筆まめではないので、枚数はたかが知れている。輪ゴムを外してぱらぱらとめくると、指が止まった。
空色の地に綿菓子のようなタッチで描かれた干支の動物が、HAPPY NEW YEAR!と言っている年賀状だ。こんな可愛らしいものを寄越すのは、と思えば、案の定、花からだった。余白に見覚えのある字で、「今年は一緒に旅行に行きたいです」と書いてあった。
旅行、と文若は声に出さずに呟いた。
今年は、と書いてあるということは、去年海水浴に行ったのは彼女にとって自分と行く旅行ではなかったということか。いつだったか、クリスマスイルミネーションを見に行ったのも、少し遠くの水族館に行ったのも、旅行ではないということになる。ならばこれは、二人きり、なおかつ一泊以上の遠出、ということだろうか。クリスマスも会えなかった上に、色々と慮って新年の挨拶もメールですませた恋人に対して、これはずいぶんな仕打ちではないか。当たり障りのない文面だった己の年賀状が悔やまれる。
文若は年賀状をコートのポケットに入れた。メールで一緒の旅行が楽しみだと書くのと、これから初詣に迎えに行くのとどちらが驚かせるだろうと考えた。
(2016.1.2)
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