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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 これで、とりあえず一区切り、でしょうか。現代パラレル・文若さんと花ちゃんの、デート当日です。
(2014.12改題)



 


 どうしよう、と花はさっきから上の空で考えている。
 ビルの吹き抜けには正月を迎えるにふさわしい目出度い感じのオーナメントがたくさんレイアウトされ、かすかに揺れている。新年の願い事を書きましょう、と掲示された絵馬ボードの前では、シックな装いの恋人たちが楽しそうに何か書き入れている。その人たちと、書店で新刊の棚をチェックしている文若を交互に見ながら、花は息をついた。
 恋人の様子がおかしい。
 ここへ来たいと言ったのは彼だ。こんなお洒落ビルに何の用事もなさそうなのにと一瞬思ったが、入っている美術館に行きたいと言われて納得した。花もいちど、友人たちとその美術館のカフェをのぞいたことがある。その時は、他の客の年齢層があまりに高くて入るのを止めた。このビルなら他の階に食べ物屋さんも入っているし、なんなら、それを見て回りながら昼食を決めてもいいな、とうっとり考えていた。
 しかしいまでは、そう思ったのがずいぶん昔のような気がする。
 美術館で展示物を見るときはそうではなかった。花がまるで見たことも無い分野の展示でも、分かったような気にさせられるのは彼が解説してくれたからだ。順路を間違えると注意されるのは教師みたいと思わないでもなかったが、混み合った館内ではぐれそうだから、と弾みを付けて彼のコートを握りしめた。その途端、文若の歩みもとてもゆっくりになったので嬉しかった。
 そうだ、彼の様子が変わったのは、お昼ご飯の時だ。
 スペイン料理店のランチが美味しそうだったので、そこに決めた。本当はランチメニューではない、子羊の何とかという料理が美味しそうだったけど、彼氏の前で骨付き肉にかぶりつく勇気はまだない。なので大人しく、色々盛り合わせたランチにした。
 花は唇を噛んだ。そうだ、文若は、あのとき様子がおかしくなった。コートを脱いだとき、とても驚いてはいなかったか? まじまじとこちらを見ていた。花が不安になって呼びかけたとき店員が水を持ってきて、それきりになった。
 いったい、何に驚いたんだろう。何が気に障ったんだろう。
 遅いクリスマスプレゼントは受け取ってくれた。微笑って、こういう品物は好きだと言ってくれたから、胸をなで下ろした。今日はネクタイを付けていないからなと残念そうに言った彼が、とても好きだと思ったのに。
 今日の服だろうか。彼のことを考えて選んだワンピースなのに、彼が好まないのだったらもう二度と着ない。
 いったい何に怒っているんですかと聞くべきだ。そうだ、どうしたんですかと聞けばいい、そう言うだけだ、簡単だ。でもでも、なにか自分の思い及ばない、考えの足りないことで文若が不機嫌になっていて、その結果、もう二度と会ってもらえなくなったら。
 「どうした」
 耳元で声がして、花は飛び上がった。振り向いた花の勢いに驚いた様子の文若が立っている。彼はすぐ表情を険しくしてあたりを見回した。昼過ぎのフロアは押さえた、しかしはしゃいだ声で満ちていて危ないことなどひとつもないように見える。
 「すまなかった、待たせて。何かあったのか」
 花は文若を見ながら、二三度、口を開け閉めした。
 「文若、さん」
 「どうかしたのか」
 「あの、わたし、何かしましたか」
 「なに?」
 「文若さん、さっきからずっと何か怒ってるみたいです。わたしが、何か、しました?何か気に入らないことをしてたら、あの、ごめんなさい」
 あっという間に何を言っているのか自分でも分からくなった。口がしびれたようになっている。目尻が痛いような気もする。最悪だ、泣いてはいけないのに。
 あっけにとられたようにこちらを見ていた文若は、いちど瞬きすると花の手を痛いほどの力で握った。そのまま大股でフロアの突き当たりにぽつんと設置してある郵便ポストの側まで来ると、花を振り返った。放された手が急に冷える。痛かったのに、寂しい。
 文若は向き直ると深々と息をつき髪を掻き上げた。
 「お前に対して怒っていることなど、ない」
 「じゃあ」
 「怒っていたのは、自分に対してだ」
 「自分…?」
 気まずそうな表情をした文若は、瞬きした花から目をそらした。
 「今日、着ていたワンピースがあったろう?」
 心臓が跳ねる。花は黙って頷いた。
 「クリスマス…というには遅いが、わたしもお前にプレゼントを用意した。だが…それが、お前が今日着ていたものによく似ていた」
 花は目を見開いた。文若は俯いたまま、ぼそぼそと続けた。
 「似合うだろうと思って買ったのに、どうもうまくなかったな。また改めて用意するから。ああ、今日、選んでもいい。どの店に行きたい?」
 顔を上げた文若は、答えを求めるようにかすかに笑ってこちらを見た。
 「花?」
 「あの、それって、どこで買ったんですか」
 彼は瞬きして、花が行ったことない地名を言った。
 「仕事で通りかかった路地の、本当に小さい店のショーウィンドウに飾られていてな。もしかしたら服を売る店ではないのかもしれない。店内はお前の好きそうなペンダントなんかの小物でいっぱいだったからな。店員は、その服は今年独り立ちしたばかりのデザイナーのものだと言って…売れたと知ったら彼女も喜ぶでしょうと、まるで我がことのように言っていた。」
 花は胸元で握りしめていた手をゆっくり解いた。
 このひとは、仕事中に自分のことを考えてくれていたのだ。この、四角四面なんて言葉を久しぶりに思い出してしまうような人が、自分が文若のことをずっと考えているなんて知ったらきちんと勉強しなさいと言いそうなひとが。
 「文若さん。そのプレゼント、欲しいです」
 「だが」
 「文若さんがわたしのために選んでくれたんでしょう? わたし、着たい」
 文若は花をじっと見て、囁くような声でいいのか、と言った。花は大きく頷くと、彼の肩が落ちた。
 「良かった」
 本当に肩の荷が下りたように笑う彼が、少し可愛らしかった。


 


 そのワンピースは、デザインは確かに花の着ていたものに似ていた。でも、アンティークかもしれない繊細で滑らかなレースをふんだんに使った丈の長いワンピースは、母が笑って言ったようにウェディングドレスを連想させた。だからしばらくそのワンピースが着られず文若を不安にさせたことは、また別の話だ。


(2014.1.28)

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