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(2014.12改題)
文若は目を細めた。曲がり角に小さな店がある。あんなところに店があっただろうか?
この道はそれこそ毎日のように通るのにと思ってはみるが、気づいた理由など分かりきっている。ショーウィンドウに飾られているブラウスが原因だ。
真っ白ではない、練乳を思わせる柔らかい色合いをした総レースのブラウスに、ジーンズがコーディネートされている。ジーンズはともかく、あのブラウスは恋人に似合うに違いない。
クリスマスに服を贈ってからというもの、すぐにそういうことを思う。今までは誰が何を着ていようと気にならなかった。いや、冬にその服装は見ている者が寒いとか、それは仕事にふさわしくないのではないかとか、そういうことだけだ。
しかし、恋人に対しては違う。そういう、小言めいたことも思い浮かびはするが、すぐにかき消える。彼女も高校生だから、そう金のかかったなりをしているわけではない。流行りなのだろう、可愛らしいが行き過ぎない格好をしている。
そういえば最近、彼女の制服姿を見ていないなと文若は思った。デート、しかしていないからだ。それが当たり前なのだが、なぜか寂しく思う。
「信号、青だぞ」
助手席から低く言われて、文若ははっとした。孟徳が車の窓枠に頬杖をついてこちらを横目で見ている。文若は無言で車を発進させた。
「何を考えてたんだ」
「別に、何も」
「嘘つけ、しまりのない顔して。女のことでも考えてたんだろ」
文若は思いきりしかめ面を作った。彼と話しているとただでさえこんな顔になることが多い。こんな男に花のことを考えていたと知れたら何を言われるか分かったものではない。紹介しろだの何だの、煩いことになる。こんな、女の噂が絶えないやつに会わせてたまるか。
「お前ではあるまいし」
「俺はたいがい考えてるけど、顔には出さないぞ。」
「威張れることか」
「自分にとって心地いいものを常に考えるのは当たり前だろう」
文若は黙った。こう自慢をしなければ、女性にまめな男はそう目くじらを立てるものではないのに。
しかし、引っかかる。花は心地いいのだろうか。彼女のことを考えると落ち着かず、それまで考えていたことが飛ぶ。これは心地よいとは違うようだ。しかし、心地よいとは本当はどういうことなのだろう。ただ何も考えずに居られるのが心地よい間柄か。
では、何だかんだ言いながら長くつきあっているこの男はどうだ。断じて心地いいなどとは言うまい。しかし自分の食べ物や飲み物の好みを知り、からかうことはうるさいけれど無理強いはしない。
「女の子が可愛いことを認めないなんて、人生の大半を損してるな! お前、断り続けてるけどさ、可愛い子たちがいっぱいるところに連れてってやろうか」
「余計なお世話だ」
…この男との間柄を断じて心地よいなどとは言うものか。楽であるのと心地よいのは違うはずだ。
女子が、まれに触れるのが恐ろしいほど愛らしいことなどよく知っている。タイミングを見計らってつないだ手の温かさ、小さくうたう声の可憐さなど、数え上げたらきりがない。
「俺さ、このあいだ、ちょっといいなと思う子を見つけたんだよな」
助手席から楽しげな声があがった。
「いつものことだろう」
「本屋で会ったんだけどな、雑貨屋のダブルガーゼハンカチとかドーナツ屋の景品マグカップとか似合いそうな、つつましそうな子だった。でも地味じゃないんだよ。雰囲気が柔らかくてさ。唐突な俺の質問にも精一杯、ってカンジで返事してくれて。ありふれた女子高生に見えるんだけど、なんか違ったんだ」
本屋とは、この男にしては地味なところで会っているなと文若は思った。
「どっちの本がいい?なんて初対面で聞く男、いきなりだろ? でもちゃんと答えてくれた。」
…なんだろう、聞いたことがあるような情景だ。文若はハンドルを握り直した。
また赤信号だ。いい加減、早く目的地に着きたい。
「あれ?」
だらしなくシートに凭れていた孟徳が突然、身を起こした。
「何だ」
「あの子かな」
孟徳の目が細められた。追うともなくその視線の先を見ると、花が居た。ハンドルを握る手が強くなる。
友人らしい、同じ制服を着た女子ふたりと屈託なく笑いあっている。放課後にどこに行くのだろう。
あんな笑顔は見たことがまだあまりない。よそ行きの笑顔も、それがふと崩れて慌ててつくろう笑顔もそれはそれで可愛いけれど、あんなふうにまるで未来しかないような笑顔は眩しい。
きれいだ。
あっという間に車のドアが開き、孟徳が外に出る。おい、と呼ぶ間もない。花が驚いた顔で近づく彼を見ている。一緒に居た眼鏡の少女が、警戒する表情になって花の前に出た。文若は慌てて車を路肩に寄せた。後続の車にだいぶクラクションを鳴らされたが構うものか。
車を降り大股に近づくと、振り向いた孟徳がうっとうしそうな顔になった。
「何だ、先に行けよ」
「文若さん!」
ふたりの声が重なった。花が戸惑った表情で孟徳と文若を見比べる。孟徳が小さく口を開けた。
「なにお前、彼女のこと知ってるのか」
その身体の前に己の身体をいれ、花に向き合う。不必要に近づいていたために押しのける格好になったが、それはそれでちょうどよい。
「行きなさい」
花は迷うふうに心細げに文若を見上げたが、かたわらの眼鏡の少女が花の腕を取り、「ありがとうございます」と元気よく言って早足で駆けていく。三人が歩道を曲がって見えなくなると、自然に長い息が漏れた。
「…ふうん」
低い声が背後でした。文若はゆっくり振り返った。孟徳が眇めた目で面白そうに文若を見ている。
「行くぞ」
言うなり歩き出した彼の後ろで、何かぶつぶつ言っている孟徳は無視した。
次に、花に会う時はこんなはずではなかった。このあいだ、慌ただしく会ったバレンタインの礼と詫び、そして密かに楽しみにしていた手製のチョコレートが旨かったことを伝えなければと、その時こそはきちんと時間を取りたいと思っていたのに。
「文若」
鋭く呼ばれ、彼は振り向いた。孟徳がにやにや笑いのまま仁王立ちしている。
「聞かせてもらうからな」
文若は車のドアに手を掛けたまま短くため息をついた。色々な意味で、今日は早く帰れそうにないと思った。
(2014.3.3)
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