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高校生花ちゃんと、オカネモチでオトナな孟徳さんです。
ちょーーっと色っぽい? です。
花ははあ、と息をついて首筋を撫でた。暑くて不愉快だ。そこここに陽炎が立っている。
車のクラクションと誰かのメール着信音、お買い得を知らせる店先のスピーカー、電光掲示板のアナウンスがごたごたと押し寄せてくる。昼下がりの交差点は煩わしいものでいっぱいだ。
まるで別世界だ。
さっきまでいた部屋は静かだった。冷たくて、でも柔らかいシーツは幼い爪をたてても傷ひとつつかない。近所のスーパーでは決して見ないミネラルウォーターは馴染んだ味で喉を潤す。湯上がりのガウンはさらさらと涼しく、手入れをしていない肌を包むのが申し訳ないくらいだ。ぬいぐるみのひとつもない部屋はいつ行っても気後れするけれど、彼がいるだけで、ドラマじみた景色が生気を帯びる。あの部屋で花の目に触れるすべてが、日常にはない。
自分がどこにいるのか分からなくなる。あの部屋から帰る時はいつもこうだ。
あのひとと会うと、時間が変わる。
教室でアイドルの噂話をしている自分、テストの結果に滅入る自分、そういうものをあのひとの手のひらはきれいにぬぐう。まるでそんなことはないはずなのに、いちから組み立てられる気がする。恋愛好きの友人がいう、恋をすると変わるというのはこういうことかと思う。
あのひとは高校生の自分が気後れしないようにいつも気を遣ってくれる。時々は、そういう自分が耐えられないようにプレゼントをたくさんくれて花を困らす。中身はたいがい、高校生の日常には多すぎる服やアクセサリーだ。勉強は教えてくれるけど、それよりあのひとの肩にもたれて音楽を聴いているほうをあのひとは好む。
かけ離れた世界のひとだ。そういう気持ちはいまも変わらない。
でも、恋人だ。だって、いまもあの部屋に帰りたい。
かすかな雑音のような居心地の悪さが、あのひとの眼差しやよくある自分の名を呼ぶ声ひとつ思い出すだけでかき消える。
だから余計に、いつまで続くんだろうと思う。
なめらかに走る車内から見た夕立のしずくや、あのひとの選んだワンピースの裾を翻す風、少しざらっとしたあのひとの背広の背中の手触り。どれもが花に刻まれて消えないでいるのに、その深さのぶんだけ自分は傷ついている気がする。
気がするなんて、甘い言い訳だ。あのひとを包む何もかもが心地いいのだから。
携帯電話を取りだし眺める。黒く沈黙した画面には何の知らせも無い。花は微笑した。あのひとからの着信はいつも意外な時だ。それを受けると、自分がどんなに飢えていたか思い知らされるのだ。
信号が青になる。花は画面に唇を滑らせて歩き出す。ありふれたローファーの踵で陽炎が砕ける音を聞いた気がしたけれど、それはさっきまであのひとが揺らしていたグラスの氷と気づいて、また微笑した。
(2013.8.10)
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