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パラレルな現代で、恋仲の文若さんと花ちゃんです。
(2014.12改題)
文若はずり落ち掛けたマフラーを直し、信号を見上げた。このあたりには珍しい雪のせいで、信号が見にくくなっている。見上げれば、ビルの隙間の僅かな夜空から雪が落ちている。隣で信号待ちをしている高校生カップルが、雪にはしゃいでうるさい。
駐車場までの短い間とはいえ、帽子を持ってくれば良かったと思う。幼い恋人からの贈り物だ。かぶると黒猫の耳が立ったように見えるいささか可愛い過ぎるニット帽でも大事にしている。
街角のオーロラビジョンから聞き覚えのある曲が流れてきて、文若は顔を上げた。声に伸びはあるがどちらかといえばねっとりした歌い方をしているので間違えない。初めてドライブデートした時に彼女が張り切って持ってきたメモリに入っていたので、彼の今までの人生にない曲でも覚えた。助手席の花が小声で歌う横顔がひどく愛おしくて、そうか愛おしいというのはこれかと思った。好きだと思ってつきあい始めたのに、今更気づくなんておかしなことだ。
曲が終わり、オーロラビジョンはクリスマスバーゲンの広告に切り替わる。そういえばもうすぐクリスマスだと文若はことさらに考えた。本当は仕事の隙間に必ず考える。仕方がない、ネットに繋ぐたび、ラジオを聞くたびにその手の情報が押し寄せてくる。
高校生の恋人に、初めてのクリスマスに、何を贈ればいいのか。
最も端的な答えとして、相手に欲しいものを聞けばいいと言われるだろう。しかし、それでは面白くない。不面目だと強く思う。自分は彼女よりいくつ年上だと唇を噛む。恋人でなくても、それだけ人生を重ねているなら他人の思いくらい察することができるはずではないか。
苦手なものなら分かる。炭酸のきつい飲料、甘すぎるケーキ(たくさん食べられないからだそうだ)、派手で露出の多い衣装、きつい化粧。
だがそれが、こちらに合わせているだけだったらどうする? 既に把握しているそれらは文若が苦手としているものばかりだからだ。文若といない休日には、苦手だと言ったそれらを身につけ、食べ、飲んでいたらどうする。文若が今までの情報で良しとして贈ったら、気が利かないと振られてしまうかもしれない。彼女に限ってそんなはずはないと思っても、万が一ということがある。それでずっと悩んでいる。
女遊びの派手な同僚に知れたら笑い飛ばされるか、気の毒なものをみる目で見られるだろう。あまつさえ彼の煌びやかな女性たちに話の種にされてしまうかもしれない。というか、彼なら、する。
信号が青に変わった。周りに押されるようにして歩き出す。並んだショウウィンドウが目に眩しい。繊細な作りのネックレス、柔らかな白いファーコート、玩具のような菓子。フリルのたくさんついた下着のショウウィンドウからは慌てて目をそらす。どれも彼女くらいの年頃なら喜びそうだ。しかし自分は、彼女にしか合わない、彼女のためにあつらえたようなものが欲しい。
ふと、胸元で携帯電話が振動した。いったい誰だ、と眉をひそめて庇の出ているところに足早に移動する。表示されている名前に息を止めた。
「もし、もし」
『もしもし、花です。いま、いいですか?』
電話を通すと、どうしてこうも声はざらつくのか。
「ああ、構わない。」
『あの、ちょっと相談があって』
「なんだ?」
『今度のクリスマスなんですけど。あの、文若さん。今年のクリスマスイブもクリスマスも平日ですよね。』
「ああ」
そんなカレンダーのせいで、いつ誘えばいいのだろうと密かに頭を悩ませていた。電話の向こうで小さく息を吸う音がした。
『だから、その週末に会えませんか? もちろん文若さんの都合がよければ、なんですけど』
スケジュール帳を検索するまでもない。週末など、たいてい空けている。
「構わない」
そんな言い方しか出てこないことに腹が立つ。
『良かった!』
通話口から、きらきらしたものが飛び出してくるようだ。
『じゃあ、いつもの、本屋さんに入ってるコーヒーショップで11時に。いいですか?』
「ああ。…花」
通話が切られそうで、文若は慌てて声をあげた。
『はい?』
「別にその日でも構わなかったが、週末でいいのか」
『はい。だって、週末のほうが長い時間、一緒にいられます、し』
最後はため息のように途切れたそれに、時間が止まる。
『ですから、あの、おやすみなさい!』
「あ、ああ、おやすみ」
暗くなった画面をしばらく見つめていると、じわりと唇が緩んでいくのが分かる。花は、自分との時間を楽しみにしてくれているのだ。
では自分も伝えなければ。お前といるのは自分でもうろたえるほど心待ちにしていて、その時間のために、その日のために何をすればお前の笑顔が見られるかずっと考えていると。
文若は小さく咳払いした。
「期待には、応えねばな」
新たなプレッシャーは、今度は心地よかった。
(2014.1.6)
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