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約2年ぶり…もう久しぶりすぎますねすみません。
魏の方々と花ちゃん。
花は、茶を入れる彼の指先を興味を持って見た。手のひらは大きく指は男らしく節くれだっているのに、動きは滑らかだ。芙蓉姫の茶もおいしいけれど、手つきはもうちょっと直線的だ。
芙蓉姫も都へ来てからというもの、都の女たちの立ち居振る舞いをずいぶん真似て、求められれば本当に「姫」のようにふるまう。でも二人きりでいるときは元のままだから、芙蓉姫も玄徳に茶をいれるときはこんなふうに丁寧なのだろうか。
外からは少し甲高い鳥の声がせわしなく聞こえ、ここが宮だということを忘れそうになる。だが、孔明に言わせれば、それこそが宮なのだ。焼かれ、荒らされた地に鳥は来ない。保たれた場所か、人が知らぬ場所にしか、緑や鳥は溢れない。それが今までだと彼は言う。
耳の近くで微笑う気配がして、花は慌ててそちらを見た。孟徳が意味深に笑っている。彼は視線を、茶を入れている文若に向けた。
「文若、花ちゃんが見とれているぞ。持つべきものは一芸だな」
「芸ではございません」
身がすくむような語調に肩を揺らしかけるが、孟徳が寛いでいるので花も落ち着いた。
簡を魏の官に届け終えたところで、あれよあれよという間に孟徳に捕まり、東屋でお茶ということになった。そこに文若がいて、彼が茶をいれるというので二度驚いた。最初は、花が居るということでぎこちない雰囲気だった彼も茶をいれるうちに落ち着いたようで、動きはよどみない。
玩具のような小さな杯が前に置かれた。花に似た、すっきりした芳香が緩やかに立ちのぼる。
「いい匂い」
思わず呟くと、文若の目じりが少し和らいだように見えた。孟徳は、杯を取り上げて言った。
「こいつ、茶が趣味だから。いれるのは上手いよ。ま、茶葉は俺が提供したものだけどね!」
文若の太いため息が聞こえた。
「このようなことでなく、簡の一枚も仕上げてお呼びください」
「簡を仕上げるにはこういう時間が必要なんだ」
「そう仰って何度抜け出されましたか」
「今日は二回だな」
どこか誇らしげに言う彼に、文若の肩がぐいといかった。花は慌てて杯を取り上げ、深く香りを吸い込んだ。
「本当に、いい匂い…」
「ほんとだねー。」
のんびりと孟徳が言って笑う。花は文若に向き直った。
「都は本当になんでもあって、わたしも芙蓉姫もお茶をいくつか試してみたりもしましたけど、こんなにいい匂いにはならなかったです。本当にお上手なんですね」
文若の目が、無表情に花を見た。
「世の人間は茶の入れ方を知らなすぎる。」
温度のない声に、花は首をすくめた。
「侍女さんたちに聞いてみたりもしてるんですけど…」
彼は花から、目を逸らした。
「茶と向き合えばいいことだ」
「ほんっとに堅苦しいなお前は」
孟徳の声に文若の眉間に皺が寄ったが、彼は何も言わなかった。向き合えばいいとは、ずいぶん簡単に言うと花は思った。けれど、このひとらしいとも感じた。もちろん、このひとを以前から深く知る立場ではない。孟徳のところにいたとき、そして帝を連れ出す時に会ったくらいだ。それでも、そういう、迂遠ともいえる手段を取っても、一歩一歩、足元を固めていくようなふうが、いかにも似合った。
このひとの頬を、勢いとはいえ、ひっぱたいたのだ、わたしは。なんて稚拙な手段だったろう。今の自分なら、そんな手段を取らずに、あのときのこのひとを説得できるだろうか。
「文若さんはそうやって、覚えていったんですか?」
彼はわずかに肩を揺すりあげた。
「土地によって水も違う。いれる者が調整するよりほか、あるまい」
「わたしも、もっと気を付けてみます。成都に行ってからも」
文若はかすかにうなずいただけだった。花は孟徳を見た。
「子健さんにも、そんなに高価じゃなくておいしいお茶をいただいたりしているんです。」
へえ、と孟徳の目が細められた。
「安くておいしい、って、本当に女の子の心をつかむよね。」
「だって、高価でおいしいのは当たり前じゃないですか。」
「そうだねー」
とても楽しそうに言う孟徳に、花は、そんなに面白いことを言っただろうかと思った。孟徳は杯をあけて、文若の前に突き出すように置いた。
「うちの息子どもは、花ちゃんに優しくしてる?」
いかにも気遣わしそうに、丁寧に孟徳は聞いた。
「あいつら、甘やかされてるからなあ」
文若の眉毛が動いたような気がした。
「いろいろ教えてもらってます」
「教えられることなんかあった?」
「ありますよ! 子桓さんは仲達さんと冗談ばかり話してるふうに聞こえますけど、すごく微妙なバランス…えっと、力関係の話をしていますし、子建さんは都で流行っているものとか詩とかを教えてくれます。今度、子桓さんとは今度、遠乗りに行こうって言われてます。子建さんにはお芝居を観にいこうって誘ってもらってます。」
誘われた時の嬉しい気持ちが浮かんで、花は自然と笑顔になった。
「どっちが脈があるの」
彼らの父親の言葉に、花は少し目を伏せた。
「…すみません」
孟徳はまた、楽しげに笑んでいる。
「なんで謝るの。可愛い子に尽くすのはいいことだと思うけど」
「お前はあの方々を選ぶつもりがあるのか」
低い声に、花は背を伸ばした。文若は無表情にこちらを見ている。
「どちらかを選ばないというなら、早々にその旨を表明しろ。あの方々に迷惑だ」
「お前が口をはさむことじゃない」
孟徳が軽く言った。でもそれはよく切れる刃が薄くて軽いのと同じように思えた。
「関係はございます。あの方々の一挙一投足、次の代に繋がるのです。」
「お前がそんなに心配してくれてるなんて知らなかったよ。」
今度の声は、いささか投げやりに聞こえた。
「心配ではありません。懸念です」
それはとても重く聞こえたが、孟徳は返事をしなかった。花は孟徳に向き直った。
「お友達では、いけませんか」
「いけないってことはないよ。ただ、花ちゃんこそ、一挙一投足が注目を集めるからね。」
「わたしは、誰かを選ばなければこの世界に残れないというなら、それはなんて不自由なんだろうと思います」
孟徳は柔らかに笑んだ。それはとても甘いのに、肌がうすく粟立つような凄みがあった。
「花ちゃんは誰かの手が無くては立てない。それでも?」
「誰かの手があることを前提とするんじゃなく、誰かの手になろうと望むことを前提としたいです」
孟徳はぐいと花に顔を近づけた。彼の香がとても強くなる。この詰め寄り方は子建に少し似ていると彼女は思った。子桓は詰め寄ったりはしない。ただかたわらに立っているだけだ。
「じゃあ俺の手になってよ」
すぐ後ろは柱だ。だからもう下がれない。花は微笑んだ。
「さっき、言いましたよ? 孟徳さん」
孟徳は、目を細めた。唇の端がきれいに吊り上る。
「そうだね」
文若は、孟徳の肩ごしにじっとこちらを見ている。
「お前は、官になりたいということか」
「あ、それがいい! 俺のところの官になってよ。俺専属に!」
「孟徳さんってば」
「官になりたいというならなおさら、己の分を見ることだ」
孟徳のじゃれつきをまるで構わず、文若は言った。花は彼を見返した。彼は相変わらず平坦な表情のままでいる。
このひとの位がとても高いのは、以前から知っていた。けれどそれが身に染みてすごいと思ったのは、この事態になってからだ。このひとはいま何を考え、その位に居るのだろう。
「文若さん」
彼は瞬きをひとつ、した。
「何だ」
「今度、お話を聞きに行ってもいいですか」
「話すことなどない」
「わたしにはあります。お願いします」
頭を下げると、太いため息が聞こえた。
「花ちゃん、俺に話を聞きにきてよ! こんな目が開いてないのと話しても面白くないよ」
「そういうことではなく…」
「目は開いております」
「こんな辛気臭いのと話しても面白くないよ!」
「二回言わなくてもいいでしょう」
次の茶をいれながら黙々と孟徳に応対する文若に、こういう雰囲気は孔明と玄徳にはないと花は思った。まるで静電気だ。これは仲謀と公瑾にもなさそうだ。このふたりはどういう経緯でこの姿に落ち着いたのだろうと、花は目を細めた。
(続。)
(2014.8.1)
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