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いっちねんぶりです…かね? うおお…
雲長さんと芙蓉さん。
美しい女が怒るとあたりの空気まで派手に光る、と雲長は思った。なにしろ彼女は、怒るとまず動く。あとに残るものは鍛錬のすえ打ち倒された兵たちであったり、翼徳の腹の中に消えるだろう大量の饅頭であったり、とにかくすべてが派手だ。分かりやすくてよい。
その彼女はいま、いらいらと昼餉を選んでいる。都にいて何が良いといえば食べ物の種類が豊富なことだ。自分たちは未だ他の二国より格段に貧しいが、それでもこうして都にとどまっている間はそれなりの食事を取れる。豊かとは選択肢が多いということでもあるなとごく単純に思う。
都にいるあいだに片付けてしまいたい諸々が多いことも事実なので、みな方々に出払い、揃っての食事はなかなか取りづらい。だから雲長の提案で、汁物だけは温かいものを常に準備しておき、それ以外は冷めても食べられるおかずを数種類、厨房の次の間に備えておくことにした。竈の火は落とすことがないから汁物を温かいままにしておくのは意外に簡単だし、最初は作り置きが大量に余るのではないかと心配していた料理人も加減を覚えたようだ。それどころか、余れば自分の恥と少ない予算でやりくりしているらしい。色々と心配して連れてきた料理人も、その甲斐があったというものだろう。この案は孔明にとくに歓迎され、時間かまわずこの部屋に出没しているという話だった。
だん、と芙蓉が椀を置いた。飛沫が卓を濡らす。
「甘いわ!」
彼は椀から目も上げなかった。ここしばらく、彼女の機嫌が良かったためしはない。
「食事は静かにしろ」
芙蓉は雲長を見下ろし、ゆっくりと微笑を浮かべた。浮かべています、と努力している。
「あら、ごめんあそばせ」
その気になればいくらでも姫然と振る舞える彼女が、いざそう言うと熱でもあるのかと思うのは、自分もたいがい慣らされてしまったのだろう。
芙蓉はいかにもしとやかに、大盛りの椀の前に座った。だがすぐ、眦を上げて椀を持ち上げる。
「花は」
たいがい一緒に食事にくる彼女がいない。芙蓉は成敗するような勢いで椀の中身を平らげていたが、声を掛けた雲長をちらと見た。
「孔明どののところよ。会議が長引いていると兵が言っていた」
「そうか」
「そのあと、あの弟ぎみのところでお茶ですってよ。だからお腹はいっぱいになるんじゃないかしら」
刺々しい。
「あの子は隙がありすぎなのよ」
彼女が言えることだろうかと雲長は思ったが、汁をかきこむだけに止めた。芙蓉はすみやかに食事を終えると、箸を置いた。
「どうしてあのひとたちは花を気に入ったのかしら」
愚痴のように憤慨のように、何度聞かされたか分からぬ。そのたびに自分は、無言でいるか、さあなと返すだけにした。今回は無言を選ぶ。どうせどっちに転んでも、あなたは花が大事ではないのかと詰め寄られるだけだ。
「花は、どうするつもりなのかしら」
今回は違ったかと彼は思った。芙蓉の声はうってかわって低かった。それは誰もが聞きたいことだろうと彼は思った。彼女のはまだ、ただ友人としての心配が滲んでいて痛々しくさえあった。
「友です、と聞いて引き下がる人たちではないわ。――あの親にして、よ」
どちらの子息も心外と思いながら肯うだろう。雲長は椀を置いた。今回の汁物もうまかったが、若干、具がおごっている。都ぶりを学んで帰るのもいいが、このまま領地に帰ったらどうするか。
「珍しがられているうちはいいわ。でも、己と違うものが己を害することが多いというのに。そっちに行ってしまったら」
雲長は静かに視線を上げた。
「殺されても構わないんだろう。詩人は己の血にさえ酔うと聞くからな」
芙蓉は冷水を掛けられたように背を伸ばし雲長を半眼で見下ろした。二人で座っているというのに、そんな目をされると見下ろされている気になるから不思議なものだ。
「…あなたって」
「陰気だという言葉は聞き飽きた」
「違うわよ」
むきになった調子で言った彼女は、視線を逸らした。
「へらへらしているようにしか見えないけど、戦っているということかしらと思っただけよ」
見直すという言葉は口にしたくないと断言しているかのような口ぶりではあった。しかし、これで彼女が臆病な猫のようにやたらに爪を出したりしなくなるだろうし、そのことで自分に遠回しな注意が方々から寄せられることもなくなる。彼女がどう歯がみしてもあちらのほうが手練なのだから。
どうせ、なるようにしかならぬ。選ぶのは花だ。あの子息たちは選ぶのは自分ではないという事態が新鮮なだけかもしれないと、彼は思った。
(2015.11.15)
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