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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 花ちゃんと息子さんたちの話。
 今回はあの方が登場。一部オリキャラがいます。





 誰かの肩にぶつかって、花は物思いから覚めた。ぶつかった相手は両肩に野菜が入った籠を下げた恰幅のいい女性だったが、花が明らかにぼうっとして見えたのだろう、かえって気遣わしげな表情で「大丈夫?」と言った。花が慌てて笑顔を作り頭を下げると、ひとつ頷いて雑踏に消えていった。花は急いで、似たような背格好の女子で賑わう店に入った。小さな装身具を売る店のようだ。
 本人たちは押さえたつもりなのだろうが、浮き浮きした声がそこここで上がっている。花は思わず笑みを零した。いつも、眉の動かし方ひとつ、指先の動きひとつにも意味があるような人々の中にいるせいか、彼女たちがひどく他愛ない。おじさんみたいな感想だなと何となく落ち込む。
 薄い緑色で花を象った髪飾りを見つめる。一山いくら、のように同じ形に作ったものがカゴに盛られているから、きっと安いものなのだろう。それでもこの髪飾りひとつ作るのだって、たくさんの人の手を経ている。石を取る人、加工する人、運ぶ人、売る人、飾って楽しむ人。それらが安心に動く世の中が来ているということだろうか。花は、贅沢が似合う子桓と、風雅をまとっているような子建を思い出した。彼らの父だって、いつも富貴の中に住んでいたわけではないのにと思いながら、花は店を出た。とたんに、向かいの飲食店の匂いが強くなり、お腹が空いたような気になった。店先で焼いた肉にかぶりついている少年を、通り過ぎる母娘が笑って見ている。
 いつもの格好では目立つからと、ありふれた娘の格好をしているせいか、自分もずっとそういう景色を見て育ってきたような気がする。実際、人生で異質なのはここ数年だけだ。新しいボディクリームの使い心地や、駅ビルに入ったテナントの品定め、時折テストの点数。そういったものがすべて遠くに思えるほど、激動の数年。
 その時、とん、と肩口にぶつかられ、花は我に返った。今日、二度目だ。こんなにぼうっとしていたのでは、懐深くにしまったお小遣いもすられてしまうだろう。そうなったらまた師匠にどやされる…一瞬のうちに色々な未来を描いた花は、動転したまま相手を見た。
 目尻が下がった細い目の、年上の女性だった。富裕な階級に所属しているのが一目で分かる雰囲気をまとっている。女性はおっとりとした笑顔と声で「だいじょうぶだったかしら?」と花に尋ねた。張り上げている訳ではないのに、この喧噪でよく通る声をしているし、話し方もきれいだ。化粧は目立たないが、本当にどこかの高官の奥さんかもしれない。
 「大丈夫、です」
 「まあよかった。」
 女性は、背後に控えている年若の女性に軽く頷いた。その女性は花より少し年上に見えたが、身なりはとても地味だった。明らかに侍女と分かるそのひとは、花が芙蓉姫や子龍を思い出してしまうくらい、油断なくあるじのまわりに気を配っている様子が見て取れた。
 「奥様、この喧噪でございますから」
 「そうよねえ。わたし、この店がずいぶんはやっていると聞いて覗きにきたのだけれど、これじゃあはいれそうにないわねえ。」
 花はちょっと首を傾げた。このひとが買うような商品はここにはないのではないだろうか。それこそ、商人が品物を何箱も邸まで持ってきて、何日もかけて選ぶような身分に見える。そのひとはふうっと花に視線を流した。
 「こどものおねだりなの。このお店はずいぶんかわいらしいのですって?」
 「そう、みたいです。わたしも今日、はじめて来たんですけど、混んでて」
 「こまったわね」
 そのひとは頬にかるく手を添えた。そうして、急に笑顔になった。
 「あなた、いっしょにえらんでくださらないかしら。あなたくらいの年齢の子なの。おねがいよ。いつもいつも、おかあさまはひとりで買い物なんてできないでしょうなんて言われていられないの」
 少し憤慨したように言うそのひとの唇が可愛らしく見え、花は微笑した。こんなふうに愛らしく拗ねられたら、男の人だって悪い気はしないのかなと思う。そう思っている隙に、いつの間にか腕を取られて店内へ連れ戻された。しんなりと絡みついたそのひとはいい匂いがして、やはりどこかいいところの奥様なのだろうと花は思った。


 「たくさん買えてよかったわ」
 にこにこと微笑むのひとの前には、散った花びらのように菓子がたくさん置かれている。丸いのや葉や桃の実を象ったものなど、女子はみな好きそうな可愛らしさだ。
 「どうぞ、遠慮しないでたべて。わたしのわがままにつきあってくださったお礼」
 花は目をぱちぱちさせて相手と菓子を交互に見た。侍女と思しき娘は、すまなそうに花に黙礼した。
 「本当にお手を煩わせました」
 「いえ、でも…そんな」
 いくつかの装身具を買う相談につきあっただけだ。なのに、路地の奥にある趣味のいい茶屋の二階で、高価な菓子をごちそうになるなんて…さっき注がれたこのお茶だって、文若のところでごちそうになったような、とてもいい香りがする。
 侍女が品良く、くすりと笑った。
 「奥様が強引だから警戒していらっしゃる」
 「いえ、そんな」
 「あら、そう?」
 「そんなことありません」
 「それならよかったわ。変なものははいっていないはずよ。そうね?」
 「そんなものを入れておいたら、ここのあるじが立ちゆかなくなるではありませんか」
 呆れたように言う侍女に、そのひとはころころと笑った。
 「でもほんとうにたすかったわ。わたしでは、年頃のむすめが好きそうなものがよくわからないのよ。つい地味になってしまって」
 たとえお忍びなのだとしても、趣味がいいと思わせるような装いのこのひとが地味なんて、いったい誰が言うのだろうと花は思った。娘さんは派手好きなのだろうか。
 焼き菓子は素朴な粉の味と、そして贅沢な甘さがあった。蜂蜜だろうか。カシューナッツやアーモンド粉でも入れて焼いたらおいしいかもしれない。
 「さいきん、あの子も急に派手になって。だれか好きな子でもできたのじゃないかとおもっているのだけど」
 「まさか」
 侍女が慌てた様子で茶の杯を卓に置いた。
 「そのような文を取り次ぐような者はおりません」
 「でもねえ、女の子が変わりたいとおもうときって、たいがい男性がいるものよねえ。あなたはどうおもって?」
 急に話を振られて花は慌てた。
 「えーと、友だちは、そうでした」
 友人のなかには、新しい恋のたびにケータイのストラップとかバレッタのような、小物の趣味が変わっていたように思う。
 「あなたは?」
 「わたしは…そういう経験が、まだないので…」
 「そうなの」
 そのひとはさらりと言ったが、侍女が少し首を傾げるようにして花を見た。
 「あなた、可愛いのに。…ねえ奥様、そうお思いになりません?」
 「そうねえ、ほんとうに。」
 侍女は目を眇めた。ああ、こんな目を侍女たちもよくするなと花は思った。
 「高望みするような子には見えないけれど」
 「たかのぞみ…」
 …いつか、わたしは結婚したい相手を「天下」と書いた。それは高望みなのだろうか。
 「あの」
 「なあに?」
 「最近、戦いもないですよね。」
 「そうねえ。ほんとうにありがたいことだわ。」
 「さっきのお店なんかも、戦いがないからあんなに賑わっているんですよね。」
 「そうね。わたしたちもこんな昼間にのんびり買い物できるんだもの」
 侍女の目がとても遠くなった。戦乱で苦労したひとなのだろう。もっとも、いくさで苦労しなかった者なんていないだろうけれど。
 「好きなひと、って、わたしはまだ分からないんです。わたしは、こうやって騒いでるみんなが大事で、さっきのお店みたいに他愛ない笑い声が大好きで、友だちと新しい服が似合うとか似合わないとか言える、それがいちばん大事なことになるような、そんな世界が…そんな世の中のほうが、いまは好きです」
 そのひとは、一拍おいて笑み崩れた。さも楽しいことを聞いたように微笑むその表情は嫌みなものではなくて、花も一緒に笑った。
 「すみません、初対面なのに」
 「いいえ、すてきなお話。でもあなたをすきになる男の子はたいへんね」
 「そう…でしょうか」
 「だって、この世と同列にならなくてはいけないのだもの。そうではなくて?」
 花は小首を傾げた。
 「わたし、すごく悪い女みたい」
 「そんなことはないわ」
 柔らかな、とてもすべすべとした手が花の手をくるみ、花は確信した。このひとはかなり位の高いひとだ。
 「わたし、そういうひとがだいすきよ。」
 そのひとの声には、とてもしみじみとしたものが感じられた。年上の人が自分の悔恨と僅かばかりの苦労自慢を添えてそう言うことはあったけれど、そのひとの声はただ柔らかかった。そのひとはふいに悪戯っぽく微笑んだ。
 「でも気をつけてね。あなたみたいな子って、わるい男につけこまれるから」
 「え?」
 花が瞬きすると、侍女が呆れた表情になった。
 「奥様」
 「あら、だって」
 「それこそ、余計な世話でございましょう」
 「そうね」
 そのひとは花の手から手を離し、とても優雅に微笑んだ。


 


(続。)
(2016.1.15)

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