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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと、花ちゃんです。結婚後。
 
 
 

 
 
 
 合奏が終わり、花が大きく息をついた。そのさまに忍び笑いを漏らした公瑾を、花がきっと睨む。彼はうやうやしく頭を下げた。
 「あなたと合奏できるとは、この上もない喜び。たいそう上達しましたね」
 花の顔が緩みかける。だが彼女は取り澄まして頭を下げた。
 「ありがとうございます」
 近頃、ようやく板に付いた貴人らしい表情だ。白い頬に映る髪かざりも衣も夫婦だけの食事にしてはずいぶんと豪奢だけれど、緩やかな春の宵によく似合う。公瑾は琵琶を脇に置いた。
 「わたしを放って練習していただけのことはある」
 習い性で揶揄すると、途端に貴人らしい妻の表情が崩れた。唇を尖らせてあさってのほうを向く。
 「どうして一言多いんですか…」
 「事実でしょう」
 花の顔が見たいと早く帰宅しても膝枕さえ許してくれなかった琴の弦を、指を伸ばして弾く。余韻に、花が目を細めた。
 「だいたい、あなたはあれもこれもと欲張りすぎです。字が書けてきたと思ったら音曲とは」
 「だって、公瑾さんが仲謀の剣舞の伴奏をしてたのが本当に格好良かったんですもん。羨ましくて」
 こちらを見てうっとりと笑う妻に、公瑾は首を傾げた。
 「羨ましい、とは何故」
 「公瑾さんの楽に合わせて舞える仲謀が羨ましい」
 「あるじをそのように言うものではありませんよ」
 だって、と言いながら妻が俯く。きつく握りしめられる裳に、公瑾は眉根を寄せた。花、と名を呼んで己の傍らを示せば、彼女は素直に立ち上がり示された場所に腰を下ろした。小動物のように寄り添ってくる。
 「あなたは仲謀さまにまで妬心を抱くのですね」
 「公瑾さんだって玄徳さんに妬くじゃないですか」
 公瑾は俯いたままの妻の頬を撫でた。すると彼女は顔を上げ、まだ暮れきらぬ空を見た。昼間、あれほど暖かかった風は夕暮れになって流石に肌寒く、花も公瑾が誂えたばかりの薄い外套を肩に掛けていた。少し大きめのそれにすっぽりとくるまれている花は、まるで公瑾自身が抱き留めているようで見つめていて落ち着く。
 「仲謀の舞があんまりきれいで強くて。…花みたいだな、って思って」
 確かにあるじには独特の華と光がある。鼓舞という言葉に相応しい、彼が舞うごとに士気が上がるようだ。しかし夢見るように彼を称える花が面白くなく、公瑾はつとめて素っ気なく言った。
 「男子に使う言葉ではありません」
 「そうでしょうか?」
 彼女はこちらを見ずに、歌うように返した。
 「わたしの国では、潔さや凛々しささえ花にたとえられました。きっと仲謀は、あの花です。その花びらの一枚一枚まで光を湛えて深い山でも堤の並木でもみんなを支えてくれる。」
 ふいに花がいっぱいの笑顔をうかべて公瑾を見た。
 「もうちょっと絵が上手くなったら描きますね! それがどんなにきれいなのか、どうしゃべっても駄目なんだもの。絵になったら公瑾さんも分かりますよね」
 公瑾は黙って、花の指に指を絡めた。
 「いくらでも、お言いなさい。当代一の絵師が、こうしてあなたのかたわらに居るのです」
 「うわあ、自分で言うんだから」
 ちょんと首を竦めた花は、また視線を遠くした。そのまま公瑾の肩に額を寄せる。その耳に唇を寄せる。
 「その花は、どんな色をしていますか」
 「桃よりもずうっと薄い紅です。あ、でも、とても濃い色のものや、薄緑もあるみたいです。」
 「花びらのかたちは」
 「桃より細くて…先がふたつに割れています。五枚でひと花のそれが、枝にいーーっぱい付くんです。」
 「このような時期に咲くのですか?」
 「はい。みんな咲くのを待ってます。散るときはそれがいっせいに散って、雪みたいに」
 花がぴたりと口を噤んだ。公瑾はその背を撫でた。
 「ではその花にまつわる歌などは」
 静かに問うと彼女はうっすら紅い目元のまま、琴を手元に引き寄せた。ぽろりぽろりと音を紡ぐ。か細い彼女の声により近いけれども重ならぬ音はもとの楽器が異なるのだろう。それがそのまま己と花の距離のようで、公瑾はつと、ため息をついた。
 もう一度と促し、琵琶を手に取る。頼りない音に柔らかに華やかに旋律を重ねれば、花は嬉しそうに笑って背を伸ばし、今度はしっかりした音が紡がれた。
 彼女の名残は自分に語ることでまた変わっていくだろう。これは話したかと問われればいいえと微笑もう。己が知ることのないその美しさを、彼女が称える仲謀でなくその兄に重ねる夫の心を隠して、いつまでも聞き、ともに奏でよう。そうすれば彼女の心にいつまでもそれは咲く。夫婦となっても彼の計り知れぬ不思議をその心に隠す彼女のことだ、いつか自分にその「花」を見せるやも知れぬ。その想像が思いがけず優しく胸に迫り、公瑾は琵琶を持ち直した。
 山の端に残る夕紅を追うように、ふたりの音は彼方に滲んで溶けていった。
 
 
 
(2011.4.15)

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