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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと花ちゃん。婚儀後です。


 船べりを水音が叩く。船内にともされた灯りと手燭だけの夜はいかにもおぼろだが、空には月もある。夜に慣れた公瑾にはじゅうぶんだったが、夜が暗いという当たり前のことを息を詰めるようにして話していた花にはいつまでも新鮮なのかもしれない。
花がおそるおそる足を踏み出すのを船内から抱きとめる。船がかしぐと、花は息を止めるようにして公瑾にすがりついた。
 「大丈夫ですよ」
 公瑾の囁きに花は顔をあげ、まだ驚きが覚めないような目をして小さく頷いた。
 「灯りはあるのに、なんか目隠しされてるみたいで」
 ほそぼそと言う声がいつになく頼りなげだ。彼は微笑をうかべた。
 「抱き上げて運んでさしあげましょうか」
 「船でそれはこわいです!」
 真剣に否定されて少しむっとする。自分が彼女を落とすような真似をするものか。
 小さい船の中ほどにしつらえた卓の前に彼女を座らせる。はじめて彼女は、ほっとしたように笑った。公瑾が合図を出すと、船はゆっくり動きだした。その背を抱くように隣に座る。
 花の横顔が灯りに揺らぐ。
 「ほんとうに、静か」
 「ええ。あなたの願掛けが効いたようですね」
 窓辺につるしてあった頭でっかちの妙な白い人形のことを言うと、花は照れたように笑った。最初は侍女たちも不思議そうに見ていたが、どうも広まっているらしい。
 「公瑾さんが星をみてくれましたし、安心して準備できました」
 「この時期は夜もそう荒れません。夜に舟遊びをしたいと言われたときはわたしの妻もたいそう贅沢になったものだと思いましたが、この程度とは、ほんとうに良かったのですか?」
 花は大きく頷いた。
 「公瑾さんとふたりで夜の船に乗ってみたかったんです。公瑾さんが言ったみたいな、楽人さんたちを乗せたりするのは、仲謀…さまの宴でするものなんでしょう?」
 「まあ別に臣下が行ってはいけないものでもありませんし、今は情勢も落ち着いています。やってもかまいませんが」
 花は不安そうに公瑾を振り仰いだ。
 「公瑾さんはそうしたかったですか?」
 「いいえ」
 花を抱きこむ手を強くすると、彼女はうかがうように少し目を細くしたがすぐに笑った。水面に目を戻す。その横顔がくつろいで暗い水面を見ているので、こちらも肩から力が抜ける。
 こんな静かな船は、もう記憶にないくらい久しぶりだ。深く息を吸い込めばしんと冷えるような空気は水上ならではで、うすい幕一枚では船内も船外も空気はほとんど変わらない。ふたりで身を寄せているから心地よくしのげる。
 水面に大きな輪をつくり、船はしずしずと進む。漕ぎ手がいるし、少なからず波もあるから揺れてはいるのだが、公瑾にしてみれば平坦な面を進んでいるようなものだ。
 「夜って意外に色々聞こえますね?」
 花はそっと言った。その頬に頬を寄せる。甘い匂いがする。
 「何が聞こえますか?」
 「鳥の声とか。さっき鳴いていたのは何かの獣ですか?」
 「そうですね。」
 公瑾はほほ笑んだ。狼とは言わずにおく。
 「あなたは寝台では夜はこわいくらい静かだとよく言いますが、ここではよく聞こえますか?」
 彼女の背が少し緊張した。
 「公瑾さん、最近はずっと遅かったでしょう?」
 「…そうですね」
 「そうすると、いろんな音が聞こえます。邸を見て回っているひとの足音や、池の魚が跳ねる音。裏の木々が風にしなる音、何か大きな実が落ちたみたいな音。そうして、公瑾さんの馬の足音が聞こえます。」
 「おや、わたしの馬を聞き分けるようになったのですか」
 「まさか! 公瑾さんの足音は間違えませんけど、馬はまだ無理です。でも、すぐに公瑾さんが歩いてくるのが分かるから、あれも公瑾さんの馬だろうなって思うだけです。」
 …ここまで熱心に語られると、あなたの寝顔を見るのも好きなのだとは言えなくなってしまう。
 「はやく休みなさいと言っているのに」
 「公瑾さんが居ないと眠りが浅いような気がします」
 ひどく真面目な声音で言われ、彼は少し息を止めた。
 あなたが安らいでいるのが好きだ。それを自分しか見ることがない寝顔なのはさらに幸せだ。あの寝台に自分がいないことはあっても彼女がいないことはない。…まだ、今は。
 彼女を失うことに怯える心を気付かれなければいいと思いながら、気付かれてもかまわないと思う。
 自分と同じように怯えればいいと思いながら、自分の手の届かぬ幸いにずっと居ればいいと思う。
 彼女がふいに振りかえった。
 「公瑾さん、あとで琵琶を弾いてくださいね」
 明るい声に、明るい表情に、すぐに返事ができない。なぜこんなにくっきりと見える。この体温も改めて知るもののようだ。
 「…ええ、望むだけ」
 「うれしい」
 花は公瑾の肩に頭を持たせかけた。
 船は一刻ほどで船着き場に戻るように言ってある。しかし、このまま旅立ってもいいような気がした。どこへということもないし、それがかなうはずもない。ただ、こうやって彼女の体温を感じていられるだけの時間がずっと続けばと思いつつ、そういえば同じことを寝台でも考えていると気付く。どこにいてもまったく進歩のない、と彼はちいさく笑った。


(2012.9.21)

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