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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 職場が寒い時期がやって参りました…もう膝掛けが出てます。
 
 
 
 本日は、公瑾さん(と花ちゃん)です。
 
 

 
 
 公瑾は目を開けた。天幕の中はまだ暗い。天幕は僅かな風にさえ揺らぐから、その音を耳が拾ったのかもしれない。彼は寝返りをうった。
 …花の、夢を見た。
 彼らは馬に乗って、旅をしているようだった。公瑾は、抱きかかえ前に乗せた彼女の後頭部を見ていた。ともに過去に飛んだ時、彼女の髪はこれほど長くなかったし、服装も違う。だからすぐ夢だと分かった。
 彼女は低く歌っていた。公瑾がねだられてよく弾く春の曲を、おぼつかない旋律で歌っている。特に気に入りの旋律を彼女は繰り返し口ずさんでいた。
 どこに向かっているのか、まったく分からない。ただ淡い夕暮れがどこまでも続いて、花の声だけが世界に満ちていた。枯れ草の匂いがしたから、秋かも知れない。そして自分は彼女に話しかけようとした。そこで目が覚めた。
 いつもこうだ。夢で話しかけようとすると目が覚める。
 「…まだ、二日目なのですがね」
 口に出してしまうと、その声音の情けなさに不機嫌になる。
 彼の職務は、彼を執務室に縛り付けておかない。婚儀を挙げてから可能な限り人を選んで任せてきたが、彼が指揮しなければはじまらないこともある。今回の水軍の演習などがそうだ。
 花は今頃、ゆっくり眠っている。怪我をせず、傷つけられず、笑って。彼は拳を握り込んだ。
 そうでなくてはならない。彼女が深く眠るために、自分の職務はある。それなのに、自分を想って眠れなければいいという考えが瞬間、横切る。
 公瑾は、出立前のことを思い出して口元を緩めた。
 花はまったく表情を繕うのが苦手で、「心配です」「心細いです」「早く帰って来てください」と太字で書いてあるような顔で笑っていた。それが自分の思い込みでないことは、かたわらにいた伯言や子敬の表情からも分かった。妻のそんなところを以前は蔑み、いまはからかいの種にしていたが、今回ばかりはそれが胸に染みた。花は、身二つだ。心細いのが当然だ。
 子のために特別なことはしないでくれと、花は何度も公瑾に言う。それが前提からあり得ない要請だと彼女は決して知るまい。彼女を妻にし、子を成したことが既に特別だ。だからこそ、大喬小喬姉妹のからかいを甘受している。
 そこまで考え、公瑾はふと眉を寄せた。
 (あなたも、特別なことをしていないでしょうね)
 公瑾の安寧を祈る時、元いた世界の奇抜な風習をいくらでも思い出す彼女だ。彼女の熱意は、彼の琵琶にすら息災の祈りを捧げようかという勢いで、彼を唖然とさせる。だいじにしているのものにはその人の魂が籠もるんです、というその説明が正しいかどうか公瑾には判断するすべがなく、そんなものよりわたしを信じなさいと言い聞かすことしかできない。第一、彼女のほうこそ彼をやきもきさせているのに、自分のことだけ、子のことだけ祈ってくれたほうがいい。公瑾は起き上がり、髪をかき上げた。それはそれで不愉快なような、とは、自分も贅沢になったものだ。彼は寝床を出て、天幕の入り口に立った。
 夜明けが近い。星は光を弱め、山の向こうがうすく白くなっている。山を駆ける風は僅かな湿り気を含んで彼の夜着の裾を揺らす。
 絶妙な均衡の上に成り立ついまの世で、先に逝くとすれば、職業からも年齢からも自分だろう。そうなったら彼女はどうなるだろう。白い花が自分の香に似ていると笑い、一面の星空に自分の琵琶を思い出すと泣き、風に揺れる柳に自分を見る彼女。夜を焦がしたあの紅蓮の炎を知る自分たちなのに、妻はそんな美しいものばかり数える。彼は天幕を握りしめた。
 彼女の恋に目が眩むのは、自分も同じだからだ。さざなみに彼女の微笑みを見、着慣らした衣の感触に彼女の手を思い、夢の寒さに熱い吐息を偲ぶ。
 彼は身を返した。仲謀のもとへ赴くまで、まだ時間はじゅうぶんにある。もういちど、夢に帰ろう。今度はともに歌おう。馬の足の赴くまま地の果てまで行くとしても、それならば楽しかろう。
 夜の鳥がひと声、遠く近く、鳴いた。公瑾はひと節口ずさみ、目を閉じた。
 
 
 
(2010.10.25)

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