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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと花ちゃん、婚儀後です。お子さんがおります。






 こうこうと風が鳴る。
 大きく揺らいだ灯火を忌々しげに見、公瑾は顔を上げた。都督たる己の天幕は最もしっかりと作ってあるが、それでも中の温度は天候に左右される。吹き込む風で揺らぐ灯火のせいで己の字がどうかすると二つ三つにぶれて見える始末だ。美しい眉をひそめていた彼は、ややあって短いため息をついて筆を置いた。まったく、気がそがれる。
 本当は、書きあぐねていた。この文はいつもこうだ。
 家族への文に、調練内容など詳細に書くわけにはゆかない。あたりの地形などなおさら、いつ誰の手に渡って読み解かれるか分からない。幼いようでしっかりしている妻だが、思わぬところから綻びは出るものだ。いきおい、当たり障りの無い、天候や近在の街の様子など、物見遊山に来たかのような内容になる。もしくは、出立前に花が話していた、家の様子をたずねるばかりだ。今回は子らにも何か書かねばならない。それはまあすぐに済むがと、公瑾は頬杖を組み替えた。まったく、己も贅沢になったものだ。職務でない文を書くのを億劫がるなど、妻に「ねこぱんち」とやらをされるだろう。最近は娘もそれを覚えてしまい、まったくはしたないことに喜んで仕掛けてくる。あれはきちんとしつけねばなるまい。
 子らは元気か、楽しみにしていた木の実は食べられたのか、急に寒くなったが衣の準備は万全か。これだから花には、離れていても生活を添削されているようで落ち着きませんと眉を上げたり下げたりされるのだ。言い方には問いただしたい部分もあるが、言いたいことは分かる。もう少し己のことを書いて欲しいとは、新妻の頃から言われているためだ。公瑾さんは仕事ですから仕方ないんですけどと弱気な表情で呟く妻は酷く可憐だ。
 彼は立ち上がると、天幕を出た。立っていた兵が居住まいを正して都督を見送る。厩舎に来ると、番をしていた兵が慌てたように飛び出してきた。それにうなずきを返しただけで歩み去る。
 船が低くきしむ音があたりに満ちている。外套の裾が大きくはためく。こういう天候の時はどうにかすると、忘れていた傷が引きつる。そのあたりへ無意識に手を当てながら、意識はさっきまで書いていた文のことに戻っていく。
 仕事だからと己を納得させる彼女が、そうしない日はくるのだろうか。先のことだと言えるほど、時間は残されているだろうか。花が居た世界では、80歳90歳まで生きるのは珍しくないと言う。ここはそうではないと知った時、花はひどく厳しいものに直面したような表情をしたものだ。
 自分が年を取った姿など想像もつかない。あまたの老将たちのように、ややもすると邪険にされながら軍に残るのか。それとも、広壮な邸に籠もり人と会わず、気まぐれに話題に出るような生活になるのか。つらつら考えていた彼は伯言の顔を思い出し、苦笑した。あれは率先して公瑾を邪険にしそうな部下だ。花殿もこれで心配が減りますねなどと、花を真っ先に言いくるめて公瑾を邸にとどまらせようとするだろう。
 いまは休暇がとても貴重だけれど、それが毎日になる。邸に籠もる己など想像がつかない。公瑾は眉をしかめた。十日くらいの休暇ならば音曲に費やす、花や子らを連れ遊山に出る、街を見て回るなど、いくつか思いつく。しかし、それが毎日?
 彼は緩く首を横に振った。それから一番遠いところに、自分は居る。剣がいらなくなるのは、自分が剣を握れなくなる日だ。妻の変わらない願いのようにすべてが清められればいいと思うのは、それが妻の祈りだからだ。だから泳ぐようにして、家族のもとへ帰る。
 そこまで考えて、彼はため息をついた。ともかくも、文を書き上げねばならない。こんな気持ちで文を書いていたと知れたら唇を尖らせるだろうから、続きは帰ってから、と書こう。それは偽りでは無い、わたしはあなたと、わたしたちの子と話がしたいのだ。あなたが選ぶ他愛ない話を胸の内に描きながら文を書くわたしは、切実にあなたの声を求めている。
 外套が大きくはためき、せかすように身体を打った。彼は僅かに苦笑し、身を返して大股で歩き去った。


(2013.11.12)


 

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