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月末は休みが連続して取れそうで嬉しい。ぬか喜びにならないといいです。
公瑾さんと、花ちゃんです。
「知らずいく世の」の続編っぽい…です。
すっかりくつろいで公瑾に身を預ける花に、彼は目を細めた。
就寝前のひととき、長椅子の上で公瑾は花を後ろから抱きしめてともに座っていた。花がそう望んだからで、断じて彼が求めた訳ではない。
静かな夜だ。灯火を細くしているので、余計にそう思う。昨日まで強かった風も今日は和らぎ、些細なことにもこころを揺らすことが多くなった花の表情も落ち着いている。
彼はすこし揺すり上げるようにして花を抱き直した。花が彼の肩に額をすりつけ、公瑾は微笑んだ。
「今日はずいぶん甘えますね」
「公瑾さんが早く帰って来てくれたし、嬉しいんです」
「困りましたね。そろそろあなたも母になるというのに、まだそんなに甘えたでは」
心中と裏腹に言うと、花が少し唇を尖らせ公瑾を振り返る。
「だからいまのうちに甘えておくんです。お母さんになったらそんな暇ないんじゃないかと思うし…」
花は心細そうに瞬きした。公瑾の夜着の襟をきつく握りしめる。彼はその手に手を重ねた。
「あなたにはこの家の使用人も付けますし、乳母も雇うのです。みな周家に近い、身元も確かな者たちですし、気立てもいい。何でも相談なさい」
「…はい」
「無論、わたしもおりますが、残念ながら子育てには詳しくありません」
公瑾は本当に残念に思って息をついた。すると、花が小さく笑った。
「わたしと一緒にお父さんになればいいんですよ。もう焦らないでください」
「…ああ、そうですね。」
悪戯っぽい花の笑顔から目をそらす。
花の懐妊が判明してからしばらくの間、公瑾の落ちつかなさといったら無かった。
素晴らしい教師を捜さねば、乳母の心当たりは、赤子の過ごしやすい環境は、と仲謀が心配するほど右往左往した。花と大喬小喬姉妹は時には焦り、時にはうんざりと、最高ってなんですかと繰り返し聞いた。
最後には、
「最高の教育をされた最高の美人なのにすっごいひねくれ者を知ってるよー」
「しかもそのひと、へたれだよねー」
「かわいくないんだよねー」
「糸目だしねー」
という台詞を、毎日彼の後ろで囁かれて、やっと下火になった。
「焦って当然でしょう。初めての子ですよ」
いささかふて腐れると、花は幼子のように頷いた。
「わたしもなんだか緊張しちゃって、仲謀に泣きついたり師匠に心配かけちゃいましたから」
目尻を下げて申し訳なさそうに言う妻に、彼は目を細めた。
「師匠に頼るのはいい加減およしなさい。」
「はい…師匠に心配かけると、芙蓉姫や玄徳さんがみんな心配するから」
「…そういう意味ではないのですがね」
やれやれと、公瑾は聞こえよがしに言った。
「仲謀様に泣きつくとは、周家の当代夫婦の名はいろいろな意味で後世に伝えられそうですよ」
花がそろりと目を上げた。
「そして幸せに暮らしました、ですからね」
「何です? それは」
唐突に告げられた言葉に、公瑾は瞬きした。
「おとぎ話の決まりの文句です。必ず最後につくんですよ。そして幸せに暮らしました、って。」
歌うような花の声に、公瑾は僅かに目を伏せて彼女の肩を撫でた。
「あなたときたら、いつまでも子どものように」
「だって、そういうのって大事でしょう? わたしに公瑾さんが居てくれたみたいに、ちゃんと最後にはいいことに手が届くんだって思うことは大事でしょう?」
その手をおのれの腹に置いて、まだ男女も分からぬ「誰か」に言い含めるように、花は言う。
産み月も近いのに、彼女はむすめ娘した外見のままで、それが公瑾の不安を煽る。この懐妊は何かの間違いなのではないか。出産は悲劇のはじまりではないのか。
自分が死ぬときは、おのれの思慮が足りなかったためだ。それは死ぬ間際を待つまでもなく明らかと思う。
しかし花がもしこの懐妊と出産のために損なわれるようなことがあったら、その腹の子の父は自分だ。ただでさえ彼女の悪阻は重かった。
公瑾は考えを断ち切るように、ゆるく束ねた花の髪に唇を寄せた。
「さあもう休みましょう。」
素直に頷いた花をそっと長椅子から下ろし、手を取った。寝台に横たわり、眠そうに瞬きする妻の髪を整えてやる。
「ゆっくりお休みなさい。明日はわたしも休みですから、あなたと腹の子のために琵琶を弾きましょう」
「…うれしい」
とろりと花が微笑む。もう一度その頬を撫で、公瑾は灯火を消した。じき、規則正しい寝息が聞こえる。彼女の寝台の近くにしつらえた自分の寝台に身を横たえると、彼は目を閉じた。
(…伯符、伯符)
わたしのすべてだったお前。こんなことをお前に頼む俺を笑ってくれていい。
もしわたしがこの志半ばで倒れるとき、彼女を、わたしの裔を守ってくれ。
ややあって公瑾はうすく笑った。彼女に恋したと観念した時にそうと分かったはずなのに、手の届かぬ幻の多さに、なんとこの心の足掻くことか。
やがてまどろんでいくあわいに、彼は赤子を抱いて笑う伯符の幻を見たような気がしてふと、微笑んだ。
(2010.9.7)
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