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公瑾はゆっくりと息をついた。
窓から入る日はあくまで淡い。花が眩しいと言うので窓辺にうすい布を垂らしたのだ。その布越しの光はまるで水の中のように強弱をつけて部屋を彩っている。
その部屋の壁際で、花が眠っている。
ここは寝室ではなく、公瑾が私邸に置いた仮の執務室だ。花を妻に迎える前にはここでも城と変わりなく執務していたものだが、近頃はほとんど着替えるだけの部屋である。鎧や剣は妻の側に置きたくないので、ここで衣を改めて夫婦の部屋に入る。
公瑾は思わず足音を潜め、剣を置いた。飾り房がかたりと剣の置き台を鳴らす。妻を見るとなんの音も無かったように身動きしない。妻が慣れない手つきで脱がせてくれる外套はそのままに、彼女のもとへ寄る。
その長椅子は、公瑾がずっと使っている品物だった。肘掛けの漆も、地味な色合いの背面もすっかり剥げている。そこに、手枕をした花が伸び伸びと眠っている。
公瑾は身をかがめた。まるい頬から甘い匂いがする。自分を、待ちくたびれたろうか。
そんなはずはない。ふだん彼が邸に戻るのはずっと遅い時間なので、彼女は油断したのだろう。しかし見回しても女っ気のない部屋だし、ここに彼女が必要なものはないはずだ。公瑾も使いを出していない。なぜこんなところにいるのだろう。
そのとき、布が大きく翻って、窓枠を打ち付けた。公瑾がはっとそちらを見ると、それはもう落ち着いて、猫の尻尾のように揺れているだけだ。彼は苦笑した。花が起きてしまうと真っ先に考えた自分がおかしかった。
…さて、起こそうか、起こすまいか。
ここは眠るところではありませんと、こんなところで寝ていては風邪を引きますよと、そう言うのが普通だ。しかし、この部屋でここまで健やかに眠る娘など、彼女のほかに居ない。子どものようにゆるく曲げられた指に、そっと指を合わせる。
あの、剣を向けたときの眩さより美しいこの健やかさが、この部屋になんとそぐわぬことだ。その落差さえ心地よいけれども。
「…おかしいですねえ」
あなたのことならなんでもいいらしい。
公瑾は、彼女の額でふわふわ揺れている後れ毛を見ながら、そっと笑った。
(2012.3.1)
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