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花ちゃんと子どもたち。「千々に染むらん」の続きです。
「ただいま」
降り出した小雨にやや重くなった外套を侍女に渡す。待っていたように、奥から小さな足音が近づいてきた。
「おかえりなさい、かあさま!」
小さい娘は走ってくると花の手にぶら下がるようにして止まった。公瑾ならば即座にたしなめるだろう。花はしかめ面を作ると、かがみ込んだ。
「走ってはだめ。いつも言われてるでしょ、父様に叱られるよ」
「…ごめんなさい」
不満そうに、じゅうぶんな間を置いて言った娘は、鼻をくんと鳴らした。
「いい匂い! かあさま、おみやげ?」
「角のお店の肉まんだよ。」
花が小さな包みを出すと、娘の顔が輝いた。
「食べる」
「手を洗ってからね」
ついてきた侍女の裾を跳ね上げる勢いで、娘はまた駆け戻ろうとしたが、あやういところで歩き出した。入れ替わりで花を迎えに出た息子は、ふん、と言いそうな顔で妹を見送った。
「子どもなんだもんな。お帰りなさい、母様」
「ただいま。」
「雨が降ってきたから、心配していました。」
そう言うのですよと教える公瑾の口調が見えるような拙さで、息子は言った。
「途中で伯言さんに会って話しているうちに降ってきたのよ。子敬さんのところを出た時には降っていなかったの。心配してくれたの、ありがとう」
頭を撫でると、息子は機嫌の良い猫のようにはにかんだ。父に似た髪質が手に心地よい。花は大事に持っていた包みを開いた。青い紐で閉じられた簡を息子に見せる。
「父様から文だよ。」
息子の顔が輝いた。つられて笑顔になる。
「約束、守ってくれたんだね、良かったね」
「父様だもの」
そういう顔は素直に嬉しそうだった。父が妹ばかり構って自分を省みてくれないと拗ねていた、公瑾が出発前の機嫌の悪さはどこへやら、ここ数日は真面目に字の練習などしていた。親ばかとは思うが、とても真面目な子だ。
「そうだね、公瑾さんだもんね」
息子は簡をしっかり抱いて頷く。軽い足音がまた戻ってきた。
「手、洗ったよ!」
「はい、じゃああなたにも父様から」
きょとんとした娘は、紅い紐でくくられた簡を見た。
「これ、たべもの?」
「文よ。」
ふみ、と頼りなげに繰り返す。
「そうよ。父様からだよ。なんて書いてあるのか、あとで母様にも教えてね」
「じゃあ母様が読んで」
娘は、まるで執着無く言った。
「だめよ。父様はあなた宛てに書いたのだから、あなたが開けて、あなたが読むの」
簡を持った娘は、不安そうに頷いた。無理も無い、まだやっと簡単な字が読めるようになった程度だ。それでも学習速度はよその子より早いと、教えている侍女は言う。それに公瑾はひどく喜んで、新しい文具を一式あつらえようとしたのだ。子どもはすぐ大きくなりますからと高価になることだけは止めたのだが。花はちょっと遠い目をした。
娘は、簡を手にぶら下げたまま花を見上げた。
「母様、肉まんは? 手を洗ってきたよ」
ああ、公瑾さん。花は内心で呟いた。これを見たらきっと、あなたの娘だからと、悔しくも馴染んでしまったあの口調で言うんじゃないでしょうか。
「父様の文のなかみを教えてくれたら、食べましょう」
「えー」
「ばかだな、父様の文が先に決まってるだろ」
しかつめらしく言った息子に、娘はふくれた。
「ばかって言うのがばかだもん」
「じゃあお前もばかだ」
「兄様が先だもん!」
うっ、と息子が言葉につまる。花は娘の前に膝を折って怖い顔をした。
「兄様にばかなんて言わないの」
「…だって」
「そんなことばかり言うと、もう肉まんはなしだよ」
「やだ! やだやだやだ!」
「じゃあ読んできかせて。」
娘は腰に手を当てた。目を細める。
「…しょうがありませんねー母様は」
そっくり夫の口真似をして、娘は簡をひらいた。きれいな色の紐を無造作に床に放り、大声で読み始める。何行もないだろうそれをたどたどしく読む娘の横で、息子がいちいち訂正をいれる。うるさいの、とかんしゃくを起こす娘をなだめながら、花はどうやって返事を書かせたものかと悩み始めた。
(2013.12.11)
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