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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 子龍くんと花ちゃん、婚儀後です。
 「しづ心なき」→「空にただ」となんとなく繋がってます。



 


 汗で彼女の額に貼り付いた髪を指先で掻き分けると、目を開けた花が見とれるほど幸せそうに笑った。戸の隙間から入る月の光だけでもじゅうぶんにまばゆいそれに、帰ってきたことを実感する。花、とそっと呼べば、また、笑う。
 「おかえりなさい」
 今日だけで何度も聞いたその言葉に笑み返し、体を寄せた。
 「子龍くん」
 「ん?」
 「嬉しい」
 「そうか」
 「うん。返事があるのって、すごく嬉しい」
 子龍は敷布に指先を滑らせた。この布は花の寂しさを吸ったろうか。嬉しいだけの、艶なだけの涙ならいいのにと夢見ないでもないが、それは生涯、誓えないことだ。
 「出迎えてくれて嬉しかった」
 花は瞬きすると、心外といわんばかりの顔をした。
 「出迎えるよ! 子龍くんが帰ってきたんだもん。」
 賊は平らげたが、領土が増えたわけではない。それでも、玄徳自らの出迎えに兵達はいちように安堵し、家族の迎えに歓喜した。子龍はその立場ゆえ、出迎えの中に花が居ても駆け寄る訳にいかない。子龍と視線が合ったときの、あたりが光りだすような笑顔を見て、あの笑顔をたやすく引き出していた孔明に嫉妬した以前を思い出した。そうして、いったいどうしたらそれを自分に向けてくれるのかと思っていたが、いま気づけばあの頃より近くで、何をするという訳もないのに彼女は笑顔を見せてくれる。宴を終えての帰宅は夜半になってしまったが、この温かい体を抱きしめられることがほんとうに嬉しい。
 抱き寄せようと肩に手を回すと、彼女は胸元にたぐり寄せていた掛布をそっと払って肌を合わせてきた。こんな甘え方をされたことがない。よほど、不安だったのだ。もういちど、その肌の奥まで求めたくなる。
 「なにも変わりは無かった?」
 背を撫でながら囁くと、花は小首を傾げた。
 「うーん…うん、特に、何も。怖いこととか、困ったことはなかったよ。みんな、申し訳ないくらい。子龍くん、すごく頼んでいってくれたんだね」
 最後は情けなさそうに肩を縮こまらせる。子龍は微笑した。
 「そんなに頼んだ覚えはない」
 「ほんと?」
 「ああ。花をよろしくお願いしますと言っただけだ」
 「そうなんだ…じゃあわたしがよっぽど心細い顔をしてたのかな。恥ずかしいね」
 子龍は首をかしげた。その仕草をどう取ったのか、花は慌てた表情になった。
 「なんていうか、芙蓉姫だったらいつもちゃんとしてるから。」
 いつも引き合いに出される美姫を思いだす。彼女の前でだって、芙蓉は年頃の娘らしい表情をしていると思うのだが、戦うことができるという一点だけで、花はいつまでも自分と芙蓉を比べる。
 「わたしが好ましいと思うのは花だ」
 花の顔が赤くなった。肌を合わせることよりも言葉に照れる彼女が、未だに掴みきれない。
 「う、うん、ありがとう」
 額を子龍の胸に押し当てる花の髪を梳く。触れてばかりいる。
 「みんなにお礼を言わなければいけないな」
 呟くと、花は激しく頷いた。
 「うん」
 「具体的には何をしてもらったんだ?」
 「えーと。雲長さんとは、何回か夕飯を一緒に食べたよ。もちろん、厨房で一緒に食べる程度ね。相変わらず美味しいね、雲長さんのご飯は。それから、翼徳さんは山盛り果物をくれて、あんまりたくさんくれようとするから雲長さんにたしなめられていたんだよ。遠乗りにも誘って貰った。もう散ったかもしれないけど、一面の白い花が咲いているところがすごく綺麗だったよ。玄徳さんは、あんまり心細がって泣くな、って、頭を撫でられちゃった。心細いのはわたしばかりじゃないのに、申し訳ないよね。師匠は暗くなる前に帰してくれたよ。こんなことならもう宮に住んじゃえばー、それならいつまでだって働けるよねーって言われたけど。師匠らしいよね。あとはね、いつも裁縫を習っている隣の奥さんがね、お子さん連れで家に遊びに来てくれたの。隣の男の子ね、すごくませてるんだよ。おねえちゃんをおよめさんにしてあげるね、だって」
 くすくすと思いだし笑いをしている妻のまわりに、幸せな色が舞っている。
 雲長はいつものようにこまごまと世話をやいてくれたろう。一緒に食事を作ったかもしれない。花は少しばかりおっちょこちょいだから、うっかり傷でも作って雲長に手当てされていないといいのだが。翼徳は豪放なようで身内には細やかだ。どうすれば花が笑顔になるかよく見ているから、気晴らしと食べ物を差し入れてくれたに違いない。玄徳の心遣いは勿体なく、夫婦ともにますますの忠勤を励みたいと思う。孔明の助言は有り難いが、部下の身で宮に住まうなどやはりならぬことだ。あのときの自分はどうかしていた。隣人と仲が良いのは結構だが、子どもの目に、花は独り身とでも思われているのだろうか。回り回って、あそこの娘はひとり住まいだなどと噂になってはいけない。
 気遣わしげに呼びかけられ、子龍は瞬きした。花が心配そうに頬を撫でてくる。
 「ごめんね、うるさかった?」
 子龍はゆっくり首を横に振った。
 「隣には、明日、一緒に礼に行こう」
 「うん!」
 照れながら頷く花がまた、抱きついてくる。その名を貰うどの花よりも無防備に愛してくれる妻の肌は少し冷えてしまっていた。子龍は掛布をふたりの頭上まで引き上げた。かくれんぼみたいと花が笑う。いつになく笑み崩れる彼女のうえには、子龍が知るどんな闇も降らなければいい。孔明の補佐として働き続ける彼女の覚悟を知っていても、今くらいそう願うことを許して欲しい。彼は掛布をたぐる指に力を込めた。


(2012.3.25)

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