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回廊に出ると、夕暮れが眩しい。花は欄干に手を置いて眼を細めた。仕事を終わった人々が三々五々、歩いている。侍女たちが小声で、しかし柔らかにさざめきながら連れだって出て行く。あの華やぎようは、明日は休みなのかもしれない。
「どうした」
柔らかい声に花が振り向くと、玄徳が笑っている。花は丁寧に頭を下げた。玄徳はそんな花の頭をかるく撫で、彼女に並んだ。
「何を見ていたんだ?」
「何を…ってわけじゃないんですけど。明日もいい天気かな、って」
「そうか」
玄徳が笑みを深くした。
「子龍のほうもいい天気だといいな。」
花は玄徳を見上げ、眉を下げた。
「はい…」
「心配だな」
花は胸元で両手を握りしめた。
「心配、です。でも、あんまり心配しすぎないように、してます」
「そうか。お前が心配しすぎて倒れるのじゃないかと芙蓉が言っていたが」
いかにもそういうことを言いそうな友人を思い浮かべる。花は苦笑して小さく首を振った。
「…ほんとうに、こんなことは無いといいんですけど、それがいちばんですけど、みんな、凄いですね」
「ん?」
「兵士さんたちの奥さんたちは、凄いです」
「お前も、そうだぞ」
「でもみんな、わたしみたいにおろおろしてない気がします」
「そんなのはみな表向きだ。お前が子龍に持たせたようなお守りを三つも四つも作ったり、路地の神を拝んでいる者はたくさん居る。…そう信じて、みな、戦っている」
はい、と呟くように返事をして花は俯いた。
「師匠、が」
「うん?」
「わたしも行きたかったと零したら、君を迎えられるような城ではないって言われて…どんなところでも我慢したのにってちょっと愚痴ったら、ボクの弟子のその大きな目は何を見ているの、って叱られました」
うなだれたままの頭上で、玄徳が苦笑したようだった。
「そうだな。軍が駐屯するだけの古い城だ。お前が安心して生活を送れるほどの作り直しはしていないし、そういう任務もない。お前を連れていけるような任であれば、俺も子龍にそう言うだろう」
「…はい。」
孔明はもっともっと厳しい言葉だった。子龍の立場とか、花がすべき仕事とかできる仕事とかをこと細かに述べ、いちいち最もだと頷けた。でも、そんなことは分かっていたからなおさら、愚痴ってしまいたかった。
また、今度は壊れ物に触るような優しさで、玄徳の手が花の髪をひとふさすくって離れた。
「ありがとう、花」
顔を上げると、残照のせいか、いつもより柔らかく見える表情で玄徳が笑っている。
「子龍を案じてくれて」
「そ、んな」
「夫が危険なところに赴くのを不安に思うのは当然だ。だからうんと心配してやってくれ。出迎える時に笑っていればいい。子龍も、待つお前の心の内はよく知っているから。」
いちばん案じているだろう彼がそう言って微笑しているから、花も微笑んだ。きっと上手な表情ではなかったろうが、玄徳がもういちど頭を撫でてくれたので握りしめていた手をそっと解いた。そんな彼女に彼も安堵したのか、微笑を悪戯っぽいものに変えた。
「ああ、そうだ、泣く時はひとりで泣くな。誰でもいい、側に誰かいる時にしろ。俺でもいいぞ」
つい、昔のように頷きそうになって花は慌てた。勢いよく頭を横に振る。
「玄徳さんは駄目です、そんな、もったいない」
「寂しいことを言うな?」
玄徳は朗らかに笑うと手を振って遠ざかっていく。その背にもういちど頭を下げる。
さっきまで見えていた人々はもう影になって、数も少なくなっていた。花は家へと急いで歩き出した。料理のレパートリーを増やしておきたいし、隣人に習っている裁縫仕事も残っている。冬に子龍に袖のない衣を着せるわけにいかないし、ああ見えて彼はちゃんと「美味しい顔」をしてくれる。
「忙しいな!」
花はちょっと笑って、手包を抱え直した。
(終。)
(2012.3.14)
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