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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 孟徳さんと、花ちゃんです。
 
 

 
 
 花は深く息を吸った。そっと扉を叩く。
 「――誰だ」
 面倒そうな、不機嫌な声が聞こえた。花は扉に顔を近づけた。
 「わたしです。入ってもいいですか」
 僅かにしんと間があって、いくつかの騒々しい物音のあと、扉が勢いよく開けられた。思わず身を引いた花の前には、着崩したのか寝乱れたのか胸元が露わになった夜衣にずり落ちて床に這いつつある羽織の孟徳が、目を丸くして立っている。久しぶりに見るにしてはずいぶん間が抜けた格好に、こんな場合なのに花は苦笑した。
 花が体調を崩したのは十日ほど前だ。花は気温の変動にことのほか弱い。孟徳の妻になる前も、すぐ咳き込んだり熱っぽかったりということが多かった。今回は熱も高く、看病すると言い張る孟徳を医師と二人がかりで説得し、ふだんは一緒の寝室を分けていたのだ。
 「あの…こんばんは、孟徳さん」
 孟徳は表情を明るくしかけ、次の瞬間、きつく眉根を寄せた。
 「何してるの。こんな夜更けに。こんなところで。」
 唸るような声音に少し首を竦め、花は言った。
 「孟徳さんに会いに来ました。」
 遠慮がちに笑いかけると、孟徳は深く息をついて花の肩を手荒に抱き寄せ、寝所に入れた。そのまま、そうっと後ろから抱きしめられる。背中が温かいのが、とても嬉しい。
 「…何度言ったら分かるのかな、花ちゃんは。君は俺の奥さんなんだよ?」
 「護衛のひとに送ってきてもらいましたよ?」
 「こういう時は俺を呼びつければいい。花ちゃんに呼ばれるなら、千里先からだって聞き届けて駆けつけるんだから」
 まさに馬を駆ってやってくる彼を想像し、花は思わず微笑んだ。
 「孟徳さんならできそう」
 ため息とともに、また抱きしめられる。
 「笑い事じゃないんだよ。」
 「ごめんなさい。…でも、風邪が治って、孟徳さんと一緒に休んでもいいってお医者さんが言ってくれたので、明日まで待てなくて。本当に、ごめんなさい」
 そっか、と零された呟きは甘かった。
 「それは嬉しいよ。ありがと。」
 ちろりと耳朶が舐められた。
 「花ちゃんのほうから寝所に忍んできてくれたんだから、ね。」
 「忍んでないです、帰って来ただけです」
 つい真剣に否定してしまうと、孟徳は今度は声に出して短く笑い、腕を解いた。
 「そうだね。花ちゃんは残念ながらそんなことはしてくれないね」
 甘い苦笑は、すぐに抱きしめられて見えなくなった。花は目を閉じた。
 「寂しかったよー、花ちゃん」
 「わたしも寂しかったです」
 「寝台が広くてさー。本当に俺、ここでひとりで寝てたのかなってぞっとした。」
 「…きれいなひとがたくさんいたじゃないですか」
 「花ちゃんと婚儀を挙げてからは、花ちゃんが寝台を整えててくれたじゃない。ここは、花ちゃんと俺だけの部屋でしょ。」
 うう、と花は呻いた。花と婚儀を挙げる頃、きれいなひとたちが居る場所はなくなったのだという。それでも、宴のたびに孟徳の回りには、花さえ羨望を覚える「女」が群がる。ああいう滑らかな声や美しい仕草で孟徳の気が引けるならば真似したいと思うけれど、孟徳はいつも調子よく笑ってばかりなので、引け目よりも先に、当たり障りのない孟徳の態度にもめげない女の人たちは凄いなあと思ってしまうのだ。
 「…うん、ここには誰も入れない。」
 ひどく冷えた囁きが耳に入り、花は目を開けた。目があった夫はもう笑顔で、花の額に口づけを落とした。
 「じゃ、一緒に寝ようね~」
 やけにうきうきと抱き上げられる。
 「も、孟徳さん、今日は、その」
 「分かってるよ。本当は明日とか明後日まで駄目って言われなかった?」
 「なんで知ってるんですか?」
 「可愛すぎる奥さんのことは何でも知りたいの。だから俺、今夜は諦めてたんだよね。そうしたら花ちゃんが自分で来てくれたんだよ? ね、明日、文若とか細目とか石頭とかに言いふらしていい?」
 「全部おなじ人じゃないですか!」
 抱き上げられた時と同じく、柔らかに夜具に落とされた。あっという間に胸に抱きかかえられて掛け布でくるまれる。
 「ねえ、頭、撫でて?」
 じゃれるように囁かれる。どうしてこのひとは、自分よりずっと年上なのにこんな物言いができるのだろう。わたしも、こんな風に甘えられればこのひとをもっと喜ばせてあげられるだろうか。
 「また頭痛が酷かったんですか…?」
 花が触れた髪と首筋は、驚くほど冷たい。手のひらを当てたままにしていると、孟徳の全身から力が抜けた。
 「…花ちゃんがいないのはさみしい」
 子どもっぽく呟かれるそれが本当と知っている。正直なもので、孟徳の体温が染みてくると、花はすぐ眠くなった。
 「わたしも…さみしかったです」
 さみしい、なんて言葉では、あのひとりきりの寝台でうなされた心細さは表せそうにない。けれど熱を出したのは間違いなく自分がいけない。
 ごめんなさい。と呟いた声は聞こえただろうか。眠りに落ちる直前、額に触れたのが彼の唇なのか手のひらなのか分からないまま、ただ幸せだけが残った。
 
 
 
(2011.5.14)

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