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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 孟徳さんと花ちゃん。そこはかとなく、pspスペシャルをふまえてます。




 目を上げると、空の端がうす紅くなっている。花は瞬きした。
 「もう夕方かあ」
 「ずいぶん集中していらっしゃいましたね」
 一緒に作業をしていた年かさの侍女が微笑んで答えた。花は彼女を振り返った。侍女は針を手箱に戻しながら言った。
 「そろそろ、丞相がお寄りになりましょう。お片づけなさいますか」
 「そうですね」
 立ちあがって伸びをする。彼女の言うとおり、ずいぶん根を詰めていたようで体がみしみし鳴った。
 「これ、隠しておいてください」
 侍女に、縫っていた手巾を渡す。彼女たちのようにきれいな鳥や花は刺繍できないから、一部分だけ手伝わせてもらった。もう傷がすっかり治っても体力がつくまでとか言って部屋からほとんど出してもらえないので、手習いの合間の気晴らしで始めたが、意外に楽しい。
 隠しておいてと言っても、たぶん孟徳には筒抜けだろう。僅かな段差につまづいたことさえ孟徳に報告されているのではないかと思う。それでも、出来上がるまで隠しておきたい。侍女は上品に微笑んで、受け取って下がっていった。それを見計らったようなタイミングで扉が叩かれる。入ってもいい? という、うきうきした声が聞こえた。 
 「どうぞ」
 「入るよー」
 扉をあけた孟徳は、花を見て笑った。大股で歩いてくるとゆっくりと抱きしめる。
 「今日はすごく元気そうだ」
 ぬくもりに目を閉じる。傷がすっかりふさがるまではなかなか抱きしめてもらえなかった。抱きしめられて孟徳が近くなるのは恥ずかしいけれど嬉しい。
 「元気です」
 「そんなこと言って、木登りなんかしてないだろうね?」
 小さい子をたしなめるように彼が言うので、花は笑った。
 「してません。侍女さんに聞いてみてください」
 孟徳はふふ、と笑って腕を解いた。そのまま椅子を引き寄せて座る。
 「あ、いまお茶を」
 「ああ、ありがとう。」
 扉を出ようとすると、ちょうど湯をもってきたさっきの侍女がいた。礼を言って受け取る。
 「うれしいな、花ちゃんのお茶」
 「おいしくいれられればいいんですけど」
 言いながら花は、以前に友人と見た映画を思い出した。淡々としたその物語のなかで、主人公にコーヒーを上手にいれる呪文を教える老人が出てきた。非常に残念なことにその文句はもう忘れてしまったけれど、覚えていたらこのお茶もおいしくなったろうか。
 茶の香りがふわと濃くなって、花は慌てて茶をついだ。
 「どうぞ」
 「ありがとう。何を考えてたの?」
 花は瞬きして孟徳を見た。にこにこと返答を待っている彼に、思い出したことを話す。彼はひどく面白そうに笑った。
 「そういう平和な呪文はいいね」
 「平和、でしょうか?」
 「うん。その女主人だって、たぶんその、こぉひぃとかいう飲み物はかなり上手にいれられるんだろう。でも、自分の理想にちょっと遠かったんだね。そこを、そんなまじないで埋めようとするあたりが、かわいい」
 花は首をかしげた。
 「文若さんも、上手にいれられるのに、『わたしなどまだまだだ』って言うのと似てるのかなあ…」
 不断の努力を続ける彼は、まじないなどに頼るとはと怒りそうだ。でも文若のお茶はほんとうにおいしいから、まじないでもあの味に追いつくなら頼りたい。侍女たちだって同じ茶葉を使って優雅においしいお茶をいれてくれるが、文若のほうが格段にいいと思う。その味やいれる手つきを思い出しながら微笑むと、孟徳は、信じられないものを見るような目をしていた。
 「花ちゃん…そういう真似はしなくていいから」
 「真似?」
 何を言っているのかわからず瞬きすると、孟徳はいちど大げさに天井を仰いだ。真剣な顔でがっしりと手を握られる。
 「文若の声音なんかしないで、上手くならなくていいから」
 「ということは、似てました?」
 「そんなことはどうでもいいから、もうやらないって約束して!」
 いつか木登りをした時のような必死さに花はちょっと笑った。
 「分かりました。」
 孟徳がくたくたと机に伏せる。
 「もう、花ちゃんは俺を驚かすのがうますぎるよ」
 「というか、孟徳さんがそんなに真剣になるなんて思いませんでした」
 笑いながら言うと、がばりと顔を上げた孟徳の目はまだ不安そうだった。
 「人って長く一緒にいると似てくるものだって言うしなあ。やっぱり文若のところには戻らないほうが」
 「でも孟徳さんは細目じゃないし、文若さんは女の子が大好きじゃないですよ?」
 「………俺の真っ先に浮かぶ特徴ってそこ?」
 ぶつぶつ言った孟徳は、伸びをするようにして頭の後ろで腕を組んだ。
 「あー、これから宴かあ。もう今日は花ちゃんと一緒にいたいよ」
 あんまり切実そうに彼が言うので、花はおかしくなった。
 「明日もいられますよ」
 花に目を戻した孟徳はどこか淡く、とろけるように笑った。胸が熱いのが移ってきたように顔も赤くなる。
 「そうかあ」
 「そうですよ」
 「そうだね」
 「そうです」
 口の中で飴を転がすように言う彼が幸せで、こんな気持ちだけ似ればいいなと思った。



(2012.9.18)

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