梅雨明けですね。蒸し暑さがもどってきた～。
　夏の孟徳さんのお衣装は、どういう色合いなのでしょうか。
　花ちゃんが見立ててくれるならなんでも着るよ～と言いそう。

　というわけで、今日の更新は丞相と花ちゃんです。
　
　

　
　
　扉が叩かれる。元譲が短く返事をすると、おずおず、といった速度で扉が開いた。
　「失礼します」
　「…花か」
　淡い橙の衣に朱色の帯を締めた花は、銀の髪飾りを揺らして元譲に頭を下げた。可愛い娘、という雰囲気は守りながら牽制を漂わせることも忘れない、実に彼女の恋人好みの色合いだ。
　怪我が癒えてからも文若の見習いのようなかたちで府を歩き回る花は、丞相の花嫁見習いでもある。その前と同じく誰もあからさまに手出しはしないが、見守る者は極端に増えた。実際、まだ「花嫁」ではないが恋をしている色が急速に備わった花は、元譲でさえ輝いていると思うのだ。
　「あの、孟徳さんは？」
　両手に簡を抱えながら執務室を見回す花に、ため息をつく。こんなことがあとから知れたら、孟徳に自分の居ない隙に花ちゃんと話すなんて俺もう仕事するの止めようかなとか、さぞかしひがみを言われるだろう。
　「入れ違いだ。急な会見が入った」
　「ああ…じゃあ、ここにおいておきますね」
　花が笑って、孟徳の机の上に簡を置いた。そのまま退出するかと思いきや、何か考えるような顔になって元譲の前に立つ。
　「あの、元譲さん」
　「…なんだ」
　「どうして元譲さんはひげを生やしてるんですか？　文若さんも孟徳さんも生やしてないですよね？」
　元譲はむっつりと口を閉じた。花は子供っぽく人差し指を立てて頬に添え、じっと彼の答えを待っている。
　「…なぜそんなことを聞く」
　「あ、ごめんなさい。文若さんの横顔を見てたら、急に気になっちゃって。孟徳さんもいつもすべすべだし」
　「あいつは時間が止まっている」
　「やだ、元譲さんってば」
　花がころころ笑う。孟徳に似た香りが元譲をからかうように取り巻く。
　「だいたい、まわりを見回してみろ。ひげを生やしていないほうが少ないだろう」
　「そう…かな？　うーん、そうかもしれません」
　「さっきも言ったが、なぜそのようなことを聞く」
　花は急に顔を紅らめた。
　「…なんでもないです」
　「そうか」
　「でもでも、あの、とても不謹慎な想像でごめんなさい。…戦になったら身だしなみを気にしているような暇はないんですよね、きっと」
　「いったい先程から何を気にしている」
　元譲が咳払いすると、花は耳まで紅くなった。
　「そ、その、ひげを生やした孟徳さんってどんな感じなのかなあって…」
　「…見てみたいと言ってみろ」
　「それじゃ意味がないんです！」
　胸の前で拳を握って力説する彼女に、視線を落とす。
　「何故だ」
　「その、油断したひげが見たいというか…」
　しどろもどろになった花に、元譲は大きく息をついた。
　「そのようなもの、お前が孟徳と一晩過ごせばすぐに分かる」
　「げ、元譲さんっっ」
　真っ赤になって絶句した花が、慌ただしく礼をして出て行く。軽い足音が聞こえなくなると、元譲はまたため息をついて隣室への扉を開けた。
　孟徳が扉の向こうで、床に座ってくつくつ笑っている。
　「さぼってないでさっさと出てこい」
　「やーだよ。かっわいいなあ。可愛くて可愛くて楽しみすぎる」
　「だらしない顔をしているぞ」
　「文若を見て思いついたっていうのがちょーーーーーっと嫌だけどさ、ねえやっぱりあれってさ、俺と一晩過ごしてもいいって考えたってことだよね！？　やっと春が来た！？　やっぱりそうだよね！」
　うきうきと呟いた孟徳は身軽に立ち上がり、にやりと笑った。
　「というわけで、俺は花ちゃんを追いかける」
　「いい加減にしろ」
　「ひげのある俺が好きなのかどうなのか聞き出すまで、部屋から出さないでおこうっと」
　「いい加減にしろ…っ！」
　元譲の指の先を、紅い衣がひらりと逃げた。
　
　
　
　…結局。
　その日は恥ずかしがった花が文若を楯にしてしまい、孟徳はむくれながら執務に戻る羽目になった。
　顔を紅くした花が、
　「孟徳さんはひげがあっても格好いいと思いました」
と、元譲にわざわざ報告に来たのは、それから数日のちのことだった。
　
　
　
（２０１０．７．１９）

[62回]