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汁物を卓に置くと、椅子に座る。隣の孟徳に小さく頭をさげる。
「お待たせしました。」
「いただきます」
彼の、花の料理を食べるときの楽しそうな神妙さは、婚儀を挙げる前から変わらない。孟徳が朝議に行く前の軽い食事を準備する役目を花の係りにしてもらってからは、いっそう顕著になった。
大きめの碗によそった汁物を、彼はゆっくり食べている。
「おいしいね」
「はい。あったかいのがおいしい季節ですね」
「そうだね」
おかしそうに孟徳が笑う。花もおかしくなった。年寄りくさいと彼は思っているだろうし、自分もそう思う。
寒くなるとそう言うのが常だった母に、適当な相槌ばかりうっていたけど、自分が食べさせる側になったらしみじみとそんなことを言えるようになった。好きなひとにはよりおいしく、ものを食べてほしくなった。
「でも、孟徳さん」
「ん?」
「わたしが隣で、食べづらくないですか? 昨日までみたいに、向かいに座ってたほうがいいんじゃ…」
「花ちゃんもいま言ったでしょ、あったかいのがいい季節なんだよ」
有無を言わさない穏やかさで言われ、瞬きする。
「そんなものですか?」
「うん。」
横顔で孟徳が笑う。
花ちゃんが遠い、といつもの拗ねた口調で言い出されたときは何事かと思った。彼の甘えはいつも花の想像の上を行く。でも今回は椅子の位置を変えるだけで済んだ。
昨日まで彼に向かい合って食べていたが、今日からは隣で食べている。好きな人とこうしているのは新鮮だ。「あちら」の友達とコーヒースタンドの窓際席で並んでココアを飲んでいた景色がよみがえる。通りを歩く人たちを眺めながらあんなバッグが欲しいとか、通り過ぎた犬がかわいいとか、ころころ話していた。
そこまで思い、花は小さく笑った。
「どうしたの」
「前に、炬燵の話をしましたよね?」
孟徳はちらと斜め上に視線を走らせた。
「うん。火鉢の上に卓を置いて、夜具をかけるんだっけ。あったかそうだ」
「あったかいですよ。出たくなくなるくらい」
あれだったら、隣に居たらもっとあったかい。
「それはいいねー。あったかいからって花ちゃんを抱っこしたまま政務できないしね」
「…ぜったいだめです」
文若の眉間のしわが目に見えるようだ。孟徳は軽い笑い声をあげた。
「でもさ、そんな暖房でほんとに火事にならなかったんだね。直接じゃないとはいえ、燃えてるものの上に夜具をかけるんでしょ」
「そうですねえ。わたしは電気のものしか知りませんけど、博物館で、炭をいれて使う炬燵も見ましたよ。火鉢の上にちいさい格子を組んだ木製のものをかぶせてましたね…たしかに木製じゃ怖いですよね。あれは、どうしてたのかなあ。詳しく知らなくてすみません」
「火鉢の上に大きい火鉢をかぶせるだけじゃ、くべた木が燃えなくなっちゃうしね」
「内側に燃えないものを貼ればいいんでしょうか。金属とか」
「花ちゃん、くれぐれも自分で金槌を使ったりしちゃだめだよ」
花は瞬きして孟徳を見た。彼は碗を置いて真剣な目でこっちを見ていた。花は笑った。
「しません。というより、できません」
彼はゆるく頷いた。
「良し」
それを見計らっていたかのような調子で、扉がひっそりと叩かれた。孟徳の表情がすっと改まる。花が差し出したうすい茶をひとくち飲んで、彼は立ち上がった。
「行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
花は背伸びして、待ちかねている夫の頬に、まだ慣れない口づけをした。
(続。)
(2013.4.22)
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