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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 孟徳さんと花ちゃんです。
 
 
 

 
 
 孟徳は上掛の上で無防備に横になりうとうとしている花のほおに口づけた。花のまつげが震え、目が開く。
 「孟徳、さん」
 夢うつつで自分の名を呼んだ彼女は、赤子のように笑った。
 「おかえりなさい」
 「うん、ただいま。」
 上掛ごと花をくるむと、孟徳は寝台の上に座った。
 この寝所は、ひとつの寝台、違い棚に瀟洒な手文庫と花瓶でいっぱいだ。もちろん隣室はきちんとした椅子や卓、着替えるための用意が調えられているし、ふたりが食事を取る部屋も相応の広さがある。
 孟徳はこの寝所を狭い、とずいぶん言った。だが花が、彼の仕事が遅くまであるとき、自分はひとりで寝ることになるから広いのは怖いと言ったため、苦笑して折れた。こんな個人的な空間にまで、彼の地位を持ち込むつもりはない。それに護衛ならば部屋の周囲に配すればいいことだ。
 彼女は毎日、この部屋をこまごまといじっている。今日は花瓶に挿してあった花が昨日までの小花と違い、白い長い花弁をもつものになっていた。
 寝所は自分に裁量させて欲しいと花が言ったのは、婚儀のあとすぐだった。孟徳は興味を持って見守っていたところ、花は、飾る小道具を替えたり、季節の夜具を揃えたり香を替えたりしてと、思わず微笑んでしまうほど可愛らしいことを真剣に行っている。きっと彼女は「あちら」で、妻となればこういうことをすると夢見ていたのだろう。それを見届けるのが自分だったことがくすぐったい。
 花が孟徳の夫人となってからも文若の手伝いは細々と続けられてきた。しかし、簡を孟徳のところ以外に届けることはなくなり、読み書きを習うのが主目的になっている。孟徳の夫人となってからも文若は容赦なく花を教えるので、とても嬉しいと言っていた。これでも、孟徳はかなり譲歩した。最初は、花を部屋から一歩も出したくなくて、花が困るのを横目に子どものようなふくれ面をしてみせたのだから。
 花が身じろぎして孟徳の肩に頭をすり寄せる。
 「また失敗しちゃいました。」
 「んー?」
 「今日は絶対、孟徳さんを起きて待たなきゃいけなかったんですけど」
 「絶対、って?」
 花はまだ眠そうな目で小さく伸びをした。自分をくるんでいる上掛をつまむ。
 「これ、できあがったんですよ。わたしもちょっと手伝いました」
 「そうなの?」
 孟徳はにこやかに相づちを打ったが、花を抱く手は緩めなかった。花が唇をとがらす。
 「見て下さい、孟徳さん」
 「うん、明るくなったらね」
 「夜しか帰ってこないのに…」
 横を向いた花の頬に唇を滑らすと、花は横を向いたまま顔を紅くした。
 「何の柄だっけ」
 「…縁起のいい鳥、です。」
 「ああ、そうだった」
 子細らしく頷いてみせると、花が視線を戻した。その瞳をのぞき込むようにする。
 「なんで鳥なの?」
 鳥、という言葉はふたりの間で暗黙のうちに暗号になっている。自分が常日頃まとう衣に象られた鳥は権力へ羽ばたく、と噂されるが、ふたりのあいだにあるのはそれではない。花もそれはじゅうぶん承知のはずだった。
 「うーん、鳥、というより翼がこの部屋にあるといいなって思ったんです」
 「翼が? どうして?」
 「むこうには、夢見が悪くならないように翼を広げて守ってくれる神様もいるから。いいことが起きる鳥の図柄だって言われたから、そういうのも期待しちゃおうかなって」
 急に、花は目元を紅くし頬を手で押さえた。
 「子どもっぽいな…ごめんなさい。なんか、恥ずかしい」
 孟徳はそっと彼女の髪に頬ずりした。
 「何で謝るの? 恥ずかしがることないじゃない」
 「わたし、こんな浮ついたこと言ったらいけないです。」
 「いいじゃない、俺の可愛い奥さんなんだし」
 「それだけじゃ困ります」
 むっと唇を尖らせた花が、孟徳をじっと見つめた。
 「読み書き、だいぶ上達したって褒めてくれましたよね?」
 「うん」
 「読み書きが上達したら、軍略を勉強する先生も付けてくれるっていう話はどうなったんですか?」
 「うーん、ちょっと頭が痛くなってきたなあ」
 「ごまかさないでください」
 「じゃ、俺の孫子を暗唱してからにしよう。最低限の知識だし、それなら理にかなってるよね?」
 花はいかにも不承不承、といったふうに頷いた。
 「試験ですね、わかりました。頑張ります」
 「君に暗唱されたら孫子が羨ましくなっちゃうかもね」
 「ばかばっかり!」
 振り上げようとする手ごと、強く抱きしめる。
 確かに、ここが無事であっても世界は荒れているだろう。しかし、彼女にはただ自分だけを祈っていて欲しい。彼女が自分だけでできていればいいのにとさえ思うほど。
 「…駄目だなー俺」
 「そういうこと、言わない約束です」
 うん、と頷くと、花の手が緩やかに孟徳の髪を撫でる。
 「じゃ、翼の下で寝ようか。」
 わざと大仰な言い方をすると、花がちょっと困ったように、しかし嬉しそうに笑った。
 (きみの、つばさ)
 俺の妻になっても、君は翼をたたむわけではなかった。あのときと違う色の羽をきらめかせ、翼は風を呼ぶ。
 回した腕の中から、穏やかな寝息が聞こえてくる。孟徳は目を閉じた。それは俺に優しい風だろうかと考えかけて、少し笑う。彼女が呼ぶならば、烈風でも突風でも自分はその中で立っている。自分以外に、誰にそれを許すものか。
 彼女のまじないが効くといい、と切実に思った。
 
 
 
(2010.9.17)

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