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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 
 
 (流れは、幻灯 8→11→13→16→21→23となります。)

 
 
 公瑾は足を止めた。
 行く手の広大な園池、その中でもひときわ枝振りの目立つ木に、もはや見慣れた女が登っている。鮮やかな青の長い袂が柳のように揺れていた。
 樹下では侍女たちがおろおろと惑っている。ひとつが帝に近い侍女たちの一団で、もうひと群れは孟徳に近い者だと、衣の色で判断がついた。侍女のかまびすしいのはどこでも同じと失笑しながらも立ち去れない。
 樹上の女が何か一心に枝の先を見ている。狙う目は鋭く、虎のようだと思った時、か細い泣き声が聞こえて彼は拍子抜けした。子猫だ。女子どもはなぜあのふにゃふにゃしたものが好きなのだろうと思う。おおかた、高い枝に登って下りられなくなったのだろう。しかしなぜ、ともかくも一国の丞相が木登りをしているのだ。魏はかようなことに人材が足りぬ訳でもあるまいと、少し笑った。
 公瑾が近づいて行くと、孟徳付きの侍女たちが彼を見て腰を折った。よく見れば、帝に近い侍女たちの、特に年若な、少女と言ってもいいような娘が泣きじゃくっている。それを年長の侍女が小声で叱っていた。
 哀れっぽい猫の声が、ふいに小さくなった。孟徳が長い袂をたぐるようにして木から下りてくる。公瑾を見てかるく目を見張ったが、すぐに泣きじゃくる娘の前で袂を開いた。
 「主上の御猫だ、気をおつけ」
 「は、はい」
 うす灰色の貧相な子猫は、錦の首輪を付けられている。尾の先が鍵型に曲がっているのが少し目を引いた。
 子猫は、目を紅く腫らした娘がおずおずと伸ばした手を一瞬睨むようにして、いっぱしに威嚇の声を上げ、素早くその手をひっかいた。娘の短い悲鳴と、手を引っ込めた娘に対する低い叱責が年かさの侍女の口から同時に漏れた。公瑾は孟徳を盗み見た。
 孟徳は、袖で子猫をあやすように揺すっている。そうして、少女をのぞき込むように見た。
 「お前、猫が嫌いね」
 ひっ、と侍女が息を詰めた。
 「小さいものが苦手なのではなくて?」
 「い、いえ、そんな」
 「嘘は疲れるから嫌い。…そうでしょう?」
 女が艶やかに微笑むと、少女は震える手を握りしめてかすかに頷いた。
 「お前、どこから来たの」
 少女は、公瑾の本拠よりさらに南の地名を上げた。小さな小さな街だ。しかし孟徳は了解したように頷いた。
 「ずいぶん遠くから来たのだね。上がったばかり?」
 「はい」
 「じゃあお前はわたしのところで引き取りましょう。お前のような子がいたのでは、御猫の気が休まらない」
 少女が見る間に青ざめた。恐ろしい噂のついてまわる丞相にそう言われては、宮に上がったばかりの娘など、それが失策で殺されるかと思うに違いない。孟徳は柔らかい笑みを浮かべて猫の背を撫でながら言った。
 「お前はずいぶん南だから、猫の世話が上手とでも思われたろうか」
 可笑しそうに言う孟徳に、公瑾はかすかに唇をつり上げた。故ないことではない。とかく都の人間は城壁から一歩でも出るとそこに住むのはひとではないと言う。
 「わたしの献上した御猫というに、ねえ」
 歌うような声音に、侍女たちの間にぴりっとした空気が走った。
 「お前、土地の歌は歌えて?」
 少女は激しく瞬きをしながら小刻みに頷いた。
 「は、はい、いささか」
 「それでは、この娘についてわたしの楽団にお入り。その歌を歌っておくれ」
 孟徳が言い終わると同時に孟徳付きの侍女が音もなく立ち上がり、少女の腕を取った。まだぽかんとしている少女はあっという間にその場から連れ去られた。帝に近い侍女たちは孟徳を僅かに忌々しげに見、頭を垂れた。彼女は侍女らを見もせずに呟くように言った。
 「後刻、主上へ御猫を連れて参ります。」
 侍女たちの低くなった頭が震えた。衣擦れを残して去る背を見送り、公瑾は袖の子猫を撫でる孟徳を見た。
 「ずいぶんな立ち回りをなさいます」
 「剣もなしに、軽いものよ」
 孟徳はするすると歩を進めて池に渡した橋の中程にある東屋に腰を下ろした。呼ばれたわけではない公瑾が隣に座ったが、止めることはしなかった。
 猫はすっかり寛いだ様子で、女の膝で丸くなっている。
 「まこと、主上の御猫でございますか」
 「ええ。ずいぶん慣らして献上したけれど、それでもああいう子を付けてしまってはいけないわ。わたしにすぐ分かることを」
 喉の奥で女は笑った。
 「お咎めに?」
 「もう十分でしょう」
 御猫が孟徳の手に抱かれて登場することで帝のまわりは思い知るだろう。侍女さえ交代させられているならなおさらだ。
 女は公瑾を視線で撫で、小首を傾げた。
 「今日は琵琶を持っていないのね」
 公瑾はひっそりと笑った。
 「わたしは都督ですので」
 「残念だわ。あなたの音色のほうがわたしを斬るのに」
 彼は女を見た。別に特別なことを言ったふうではなく、気だるげに水面を見ている。
 「それでは、音色であなたを口説いたほうが良うございますか」
 「丞相を?」
 「丞相を」
 楽しそうに女は笑う。
 「自分で言ってきた者は初めてね。それにしても、どういう風の吹き回しなの。」
 「夜のあなたは靄の灯火、近づくことさえままなりません」
 「あの時のように火を射かければいいわ。」
 「生憎と、陸ではあなたの守りの方が固い」
 公瑾はつと立って、女に近づいた。女は顔を上げた。小さく笑う。
 「都督の顔はずるいわね」
 「むしろ、損をしていると思っておりますが」
 「そうかな? わたしならその首だけでも盆の上に乗せて飾っておくわ。毎晩毎晩、口づけしてあげる。冷たい唇も食べてあげる。すっかり溶けたら金を塗って杯にしてあげる」
 「では、この身を捨てなければあなたのおん手に乗ることもかなわぬと」
 「そうね、――呉を捨てなければ」
 真っ向から切り下げられたようで、しばらく言葉もなかった。いつの間にか女は立ち上がり、こちらに背を向けて行く。
 丞相、と呼びかけるかわりに、彼は拳を握りこんだ。
 
 
 歩いてきた孟徳を、玄徳は目を眇めて見た。
 「昼日中から、逢い引きか」
 女が口を開く前に、猫がにゃあと鳴いた。それを可笑しげに笑った女は足を止め、柔らかな笑みのまま彼を見上げた。無言に焦れて、玄徳はゆるく首を振った。
 「孟徳」
 「逢い引きになどならない。彼が呉の臣である限り」
 「…何を企んでいる」
 「企んでいるのは彼よ。どうぞ彼に聞いて。」
 「そうやってはぐらかすのはお前の悪い癖だ」
 「あら、ありがとう。」
 「…なぜ礼になる」
 女は小さい声で鳴き続ける猫をくすぐっている。玄徳は深い息をついた。
 「自国の軍師だけでは飽きたらぬか? 余計な争乱の種は帝の御心に背くぞ」
 くす、と女は笑った。歩き出す。
 「孟徳!」
 女が横顔を見せる。
 「あなたがわたしを心配?」
 「…俺はただ、帝を」
 「帝にはあなたが居るわ」
 肩から顔を覗かせた猫が、ひどく間抜けな調子で鳴く。玄徳は、公瑾が去った方と孟徳の背を見て、また息をついた。
 
 
 (2011.6.14)

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