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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
(流れは、幻灯 8→11→13→16→21→23→24→25→26→28→29→30→31となります。)
孟徳が剣を下ろした。それを見て、公瑾も構えを解く。孟徳はこめかみに浮かんだ汗をぬぐうように白い指を滑らせて文若を見た。
「文若? 何をしているの」
文若は口を開けて、また閉じた。
「お尋ねしているのはわたしです。何をしておいでですか」
怒りが大声を出すことを押さえている。それに、公瑾は孟徳と、さも平生であるかのように顔を見合わせた。
「何って、果たし合い?」
「立ち合い、でしょう」
小声で呆れたように訂正した公瑾に、孟徳が笑顔を向けた。
「そう、それそれ」
文若は大股で彼女らに歩み寄った。
「立場のある方々が、なんということをなさっておいでです」
「だから、立ち合いだって。ほら、お互いの力量を知ることは同盟の一助だよね」
へらっと笑ったあるじに、文若は眼を細くして問うた。
「…既にこちらの都督殿の力量は何年か前にご存じと思っておりましたが」
「一対一はまだ無いから。」
孟徳は公瑾に目を向けた。
「で、どうかな、都督殿?」
公瑾は優雅に首を傾げ、剣を鞘に収めた。
「あれ? 止めちゃうの」
「気が削がれました」
「えー?」
わざとらしい声を上げた孟徳に、公瑾は微笑んだ。
「負け惜しみがお上手ですね。足をもつれさせていたのでは?」
「衣がぼろぼろなのはそっちだと思うけど」
「いい加減になさい!」
文若が彼女の後頭部を叩くと、元譲が後ろで目を剝いたのが分かった。痛い、とわめく孟徳を、こちらも目を丸くした公瑾がしげしげと見る。それから文若に目を戻し、ふっと笑った。
「そうですね、これから先はもう少し建設的な争いをしてみようと思います」
「あなたに建設的なんてことができるのかなあ」
「努力しましょう」
輝くばかりの公瑾の笑顔に、孟徳が手をひらひらと振った。
「その年齢になると、変わるのって結構面倒だよねー」
「あなたに言われたくはありませんね。」
「それ、そっくり返す」
「…お二人とも、もうそのあたりで」
歯を食いしばって文若が告げると、ふたりは口を噤んだ。公瑾はさっきまでの笑顔ではない、緩んだような微苦笑を唇に刻んで礼を取った。
「では、また参じます」
「次はいつ?」
「…さて」
斬り痕をさも元からの装飾のようにはためかせ、彼が身を返す。
「わたしの命のあるうちに」
静かな呟きに、孟徳の顔に何とも言い難い、いつも文若が掴めない表情が過ぎった。それは即座に消えて孟徳はただ手を振った。それを肩越しに確認した公瑾は微笑を重ねて去っていく。
文若は孟徳に向き直った。彼女はこちらを見ない。文若を追い越して元譲が孟徳の横に立つ。
「お前は、本物の馬鹿だな」
「何回聞いたかな、それ」
「俺も言い飽きたぞ」
孟徳がゆるりと首を巡らした。いつもの女の顔が文若を見た。
「死に損なったよ、文若」
…この、ひとは。
いつも自分を、そして周りも好きなだけかき乱して、涼しげな顔をしている。この人がどれほどの重荷を背負っているか忘れさせるような畏怖だけ残して立っている。
ただわたしには、かけがえのないひとりの女というだけの、面倒な、実に面妖な存在。
「ならば、生きて下さい」
孟徳が、うん、と伸びをする。
「消去法で生きなきゃいけないのかあ。だらしない人生だね」
「だらしなくても何でも結構です。」
ふいに、孟徳がにこりと笑みを彼に向けた。文若が身構える間もなく、その手をつかんで強く引く。ふいのことで、文若はよろめき、彼女に覆い被さるように転がった。
「孟徳!」
元譲が怒鳴る。
背中に陽が暑い。
孟徳が笑っている。
心底楽しそうなその声に、文若はようよう、躰の力を抜いた。
部屋に入った元譲が入り口で立ち止まって深いため息をついた。文若が勢いよく顔を上げる。
「元譲殿、良いところに。連れて行ってください」
いかにも不本意そうに言う文若に、元譲は首を横に振った。
「お前が言え」
孟徳は手を上げた。
「それよりも元譲、追加の簡なんだろ? 早く出したらいい」
ふだんと変わらない調子で言うと、元譲がさも嫌そうに顔を歪めた。
「孟徳、いい加減にしておけ」
「やだ」
にこりと笑う。
元譲がそんな顔をするのも無理はない。いま孟徳は、長椅子に座らせた文若の膝に頭をもたせかけた、いわゆる膝枕、だからだ。
「孟徳」
「んー?」
「男の膝枕など楽しいか?」
「楽しいよ」
元譲のため息がより長くなる。孟徳はしかめ面で彼を見た。
「ちゃんと仕事してるだろう」
「仕事しているようには、まったく、見えん」
「結果を見なさい。ここに積み上がっている簡は何かなー? ほら、決済するから寄越して」
元譲はまた、長々と息をついた。
「…文若、諦めろ。孟徳の仕事はいつになく捗っているようだしな」
文若は、きっと元譲を睨んだ。
「それが困るのです! 今日、いったい何人の者がわたしの執務室から逃げていったと思うのですか! あなたも、いい加減、御身を起こしてください!」
「げーんじょー」
孟徳は笑顔で元譲を手招く。文若も声を上げるばかりで立ち上がろうとしない。元譲は無言で歩み寄り、孟徳の手に簡を渡した。
「元譲殿!」
「俺は知らん」
いつになく大股で出て行く男を見送って、孟徳は笑った。
「元譲、明日は驚くだろうなあ。」
「…そう、ですね」
筆を持っていないほうの彼の手が、孟徳の首筋に触れる。褥の中のように緩やかに、優しく髪を撫でていく。
「もう怒らないの?」
「言っても無駄でしょう」
「これはわたしの餞別だから。」
「…はた迷惑な餞別も、あったものです」
「最後くらい、華々しくしてあげる。」
「結構です」
孟徳は身を起こした。いつもの仏頂面を見つめる。
「文若」
「はい」
「あなたはわたしを守って。」
もしかしたら、もう会うこともない。三日でも離れれば状況は変わる。それでもわたしはあなたの願うままに暇を下す。たぶんわたしも、長くはないから。
孟徳さん。
またわたしは、あなたにはなれなかった。役割もじゅうぶんにこなせたか分かりません。だっていま、このひとにこんなことを言ってしまうのだから。わたしはわたしでしか、ないのでしょうか。それはとても申し訳無いけれど、僅かに誇らしいのです。
文若はゆっくり俯き、すぐに顔を上げた。眼差しはいつものように真っ直ぐに、彼の心のうちだけを伝えてくる。
「必ず。」
(ああ)
なんて、彼らしい確かな言葉。
孟徳は笑い、また彼の膝に頭を委ねた。
※※※
…最近は、眠って過ごすことが多くなった。夢かうつつか分からない時に囚われている。
あの頃も、そうだったかもしれぬ。皺の寄った口元が笑う。
「父上、お休みですか」
はきはきとした声がするほうに視線を向ける。朗らかに笑う息子は、そろそろ青年と言ってよい年頃になった。
「帰ったか」
しわがれた声に、己で驚くことがある。夢ではいつもあの頃に居るからだろう。
「はい。良い肉が少し手に入りましたので、柔らかく焚きます」
文若はゆっくりと頷いた。軽い足音が部屋を出て行く。
あの子も、そろそろ街に出る頃合いだ。都、という言葉が仙界と同じ意味に捉えられているこの山中の寒村で、己のすべてを傾けて教育した。
あれは、どういう未来を持つだろう。曇るも照るもあの子次第とは思いつつ、ただ陽だけが在って欲しいと思う。己を差し置いて人々に陽をさすことばかり考えていた母親の分まで。
または、この子が生まれた日、恐ろしい雷が轟き、豪雨が都を襲ったように、この世に嵐を呼ぶか。
己にあの子を手渡す時、彼女は笑っていた。悲しむでも案じるでもなく、ただ本懐だというように笑っていた。その後のことは、風の噂でしか聞かない。魏があっという間に弱体化するとともに蜀と呉が勢力を伸ばし、天下はその拮抗で保っているという。…あの美しい男は、如何しているだろうか。
また、ぼんやりとしてくる。眠るのだろう。…眠れば、会える。それが嬉しいと思うだけ、己も年を取った。
白い指とたなびく緋色が近づいてくる。気まぐれな笑い声が響く。
――笑みが、とろりと溶けた。
(終。)
(2011.11.22)
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