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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
幻灯15・18・20・22・27・32・34と同じループっぽい。
…とん、とろん。
気の抜けた音が聞こえる。
彼女は目を開けた。もう明るい。寝過ごすことなど絶えて無かったのに、どうしたことだろう。
暖かい光が部屋に満ちて気持ちが良い。瞬きして、緩慢に寝台から降りる。
全身の緊張が取れている気がする。よく眠ったのだろう。
音は寝所の外からだ。彼女の歩みに合わせるように響く琵琶の音。習い始めたばかりだろうか、調弦のような頼りなさ。しかしそのために無防備でやわい、可愛い音。
もしかして、これを辿っていってはいけないのかもしれない。これはどこか彼方へ行く道か。寝過ぎたように飽和した頭で考える頃には、もうその場に着いていた。
古ぼけた東屋に男の背が見えた。琵琶を構えた薄藍の衣に、鼓動が跳ね上がる。朧な花の天蓋がゆったりと揺れている。あれはずいぶん見慣れた花だ。この世界ではまだ生まれていない、うつくしい色。
彼が振り向いて、微笑んだ。ああ、と花はため息をついた。
これは夢だ。でなければ、これほど美しく桜が咲くはずがない。あのひとがきれいに笑っているはずがない。
「花」
艶やかな声は、何のよどみもなく耳に届いた。何を問い返す間もなく、足が床を蹴る。逞しい体を抱きしめ、その肩に顔を埋めると、懐かしいとさえ思う香に包まれる。
「子どものように」
微笑する息が耳をくすぐる。こんなに優しく話すひとだったろうか。
そうだ、これは「環」のなかで見る夢なのだもの、これくらい優しくたっていいはず。わたしだって、ただの小娘だって許されるはず…
「だ、って」
「相変わらず慎みが足りない」
花はゆっくり腕を解いて起き上がった。彼が横顔で微笑む。花は強ばった唇を動かした。
「相変わらず、って、どういうことですか」
「ああいけませんよ、花。質問するときにそのように動揺を露わにしては…つけ込まれます」
口元を公瑾の指が撫でた。
「心の揺らいだあなたは、たいそう魅力的だ。その隙が包み込み、受け止めてくれるかのように思わせて…並の女なら媚びになるところなのに、あなたはそうさせない。」
「何を言っているんですか?」
顔から血の気が引くのが分かった。
このひとは見透かしたような物言いが常だったけれど、それにしても、まるで見ているように…
「分かっています、花。…いいえ、『周公瑾』」
花は弾かれたように飛び退いた。東屋の柱に退路を塞がれ動けない彼女の前で、絵のように衣が翻って花を包み込む。
「知っています。」
花は全身を硬直させた。
何を、ああ、どこまで?
伯符に抱かれることも、伯符に惹かれ続けることも!?
痺れたような彼女の耳に、声が染みこむ。
「これは夢です。あなたも夢として残るでしょう。わたしは、あなたの夢だけを見ることができる。こうして話をするのは初めてでしょうか。でも、わたしの声を聞いたことがあったでしょう? 琵琶を弾いた時はわたしも共に奏でていた…」
髪を撫でられる。
そういえば、公瑾に注意される声を聞いたような気がする。伯符から新しい琵琶を貰った時だ。
「夢」
「ええ」
全身を包む腕に力が込められた。
「しかし、さて…ここでは夢とうつつはどう混ざっているのでしょうね。」
公瑾が腕を解き東屋の縁に歩いて行く。そこで横顔を見せた。
「ごらんなさい。わたしの影はあなたに続いている。陽が動けばあなたの影がわたしを覆うでしょう。それだけの違いではないかとも思います」
彼は喉を小さく鳴らした。
「もとより、答えなどない。そう思っても考えるのが、わたしの悪い癖なのでしょうね。そう、わたしだけの…答えがないという愉悦をもてあそぶには、あなたは光に過ぎます」
花は、わななく息を吸った。
「こ…うきんさんは、いつも、そんな言い方ばかり」
「そうですね。あなたも、すっかり板についてしまった。」
悪びれずに苦笑する彼が、無性に悔しい。
「あなたと伯符は本来、とても似ているのに」
花はぽかりと表情を無くした。公瑾が、子どもの失敗を見たかのようにおかしげに笑った。
「似ていますよ」
花は小刻みに、そして大きく首を横に振った。
「花」
「わたしはあんな風にまっすぐではありません」
「いいえ、まっすぐですよ。あなたの決心はあなたをたいそう輝かせている。己の信ずるところに進む様子。そして信ずるものは風を生む。それに巻かれてひとは進む。…わたしも、然り」
公瑾がゆるりと歩いてくる。そして花の肩に顔を埋めた。
「…夢なら、なおさら」
「花」
「伯符の隣に居るのはあなたでなくては」
「伯符の隣に居るのは『周公瑾』」
「そういうことじゃありません!」
声を高くした花から、公瑾は目を逸らして後ろを見た。一瞬、ひどく剣呑な眼差しが向けられたような気がして、花は振り返ったが何もない。
「刻限だ」
「え?」
切れ長の目が花に近づいた。唇が柔らかく塞がれる。
「琵琶を弾いてください」
息がかよう合間に囁かれ、瞬きする。
「わたしを呼んでください。その時だけわたしは生き返る。あなたが通ううつつにわたしの足音を響かせましょう。わたしの名をもつあなた…わたしはあなたの中に棲む」
朧な眼差しで見つめれば、美しいひとは微笑んで離れた。誰かに掴まれて攫われるように遠ざかる姿に、花は悲鳴を上げた。
飛び起きる。
ぼんやりした耳を激しい雨音が叩く。部屋の中は夕暮れのように暗い。稲光が走って部屋を白く染めた。
「…ゆめ」
口に出して花は大きく震えた。寝台の横に置いてある琵琶を見つめる。体に馴染んだ古い琵琶。
(わたしを呼んで下さい)
琵琶を膝の上に乗せる。弦を弾き、笑う。
これは、あなたの復讐ですか。あなたを追いつつ伯符も棄てられないわたしへの呪いですか。復讐ならば、恋と見紛う。呪いならば環と似ている。どちらにしても。
瞼の裏に、何度も見慣れたあの戦いが明滅する。ただ生きているならば一生に一度も見ない業火。
「公瑾、さん」
わたしはいま笑っているのでしょうか。いったい何に笑っているのでしょうか。まるであの外套のような、己を隠すための笑いでしょうか。それとも、あなたに会えて嬉しいとでも言うのでしょうか。
ばちりと弦が切れ、手を弾いた。思わず琵琶を取り落とす。
「…ふふ」
何も畏れることなどない。もとよりこの身は幽霊。あとひとりやふたり、うつつでないものが増えたところでどうなるものでもない。己の意識を手放せぬ、何とも半端な幽霊。ぼんやりとした視界を花は見据えた。
――幽霊は幽霊なりに、することがある。
琵琶の首を握った手が白くなった。
(2012.4.15)
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