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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
奉孝さんと花文若さん。
奉孝は長椅子に寝そべっていた。
あかるい昼の日が差し込む部屋はしんとして、府の中枢にあるとは感じられない長閑さだ。むろん、回廊から聞こえる、興奮してはいるが押さえた話し声とか、ひそやかなしかし急いた足音からは活気ある府の緊迫が感じられたし、部屋の戸は頻繁に開けられて人が出入りしている。しかし、この部屋が本来もつ静けさはいささかも損なわれない気がした。
彼の前には、彼がこの部屋に現れた時においていかれた茶が、色も香りも薄くなって放置されている。中途半端に乾いた手巾がだらりとのびている。
彼が府に賜っている部屋と異なるのは差し込む日差しの角度くらいだ。なのに、この部屋にはどこかなまめいた気配があった。彼が眠りに行く、実に不特定多数のおんなたちの部屋のように、狙って、もしくは好んで飾り立てる甘さはない。それを彼はとても好んでいたけれど、この部屋にそういうものはなかった。せいぜい、と彼は窓ちかくの小棚を見た。不格好に彩色された土人形が、あるじから賜ったのだろう重厚な銅器の横に飾ってある。土人形は持ち主の息災を祈るもので、政務の場にはそぐわないし、また、この部屋のあるじがそのようなものを好むとも思えなかった。
かた、と小さな音に奉孝は目を上げたが、誰かが入ってきたものではない。おおかた、屋根を鳥が散歩しているのだろう。それを裏付けるようにせわしない足音と甲高い猫の鳴き声が入り交じり、すぐに静かになった。
――鳥と猫。彼はにこりとした。鼠対策に猫を飼う場所もあるし、ここに猫は珍しくない。しかしこうして聞いていると、己をからかっているようで楽しくなる。
その時、風が吹き込んだ。扉が開いたのだけれど、彼には風が先のように思えた。
文若は奉孝を見ても驚かなかった。彼を迎えた侍女が己の異変を告げたのだろう、いつも通りの平静さで彼女は彼をじっと見た。
「…そういうのを」
彼女はゆっくり言いながら首を傾げた。
「男前が上がる、と言うのですか?」
「少なくともあなたの関心は引きませんね」
彼女は小さく頷いた。
「侍女がたいそう驚いたようです」
奉孝は、さっき応対した小柄な娘を思い出した。あまり表情の動かないむすめだったが。ふと彼は、土人形を指さした。
「もしかしてあれって、彼女ですか?」
文若は瞬きして奉孝の指先を見つめ、頷いた。
「ええ。近頃のはやりだそうです。」
「主公はおきらいでは?」
「侍女の忠義のゆえと申し上げたらお許し頂きました」
黒い衣の裾が足もとにゆるい波をつくる。彼女は席に着いた。机には簡がいくつかの小山をなしているが、どれが優先すべきか彼女には分かっているらしい。迷い無くひとつを手にとって目を走らせはじめた。あるじの帰還を知ったらしい侍女が浅い箱を手に入ってきて、ぷんと墨の香りが満ちた。
「ねえ文若殿。この額の傷はなぜかって聞いてくださいよ」
「なぜですか」
彼女の筆は止まらない。ちょっと頬に手をやって何か考え、かたわらのふるい紙に何か書き付ける。
「このあいだ、あなたを野に連れ出したことを詩にして主公に献上したら、簡を投げつけられたんです。」
むすめはちらりと眉を動かした横顔を見せ、何も答えなかった。
あんな黒ずんだ衣に美々しい髪飾りとてなく、指を墨で汚しているいびつな娘。不幸なことに、己はそういう歪んだ娘が好きだ。贅の上に不実を重ねる妻や若さを顧みない拙い娘も同じ、おんなというひとつの器だった。このむすめもそれと思うのに未だ確かめられない。主公の想いものという立場が邪魔をするわけではない、そんなものは自分には壁にもならない。
嘘を嘘と見いだせない、その目の所為か。
「ねえ、文若殿ってば。また行きましょうよ」
顔をあげた文若に笑いかける。
彼女は深く息をついた。そうして、ふいに微笑した。彼が望むおんなの顔で。
「あなたたちときたら!」
その声も目も言い様もなく艶やかで、それを聞けたことに深く満足した。
(2012.5.27)
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