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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
奉孝さんと花文若さん。
文若がため息をもって簡を己に返すのを、奉孝は苦笑をもって見た。
娘の目尻が少し紅い。さて、並の娘なら恋に泣き濡れたかと肩を抱くものを。それであれば愛らしいのに、どうせ夜っぴて諸官と話し合いでもしていたのだろう。想像できてつまらない。無論、あるじの紅い袖に肌を委ねている光景もあるかもしれないが、それは己にとって不愉快なので都合良く脇に退ける。
「おとなしく持ってきたと思ったら」
ふいと彼女が横顔を見せた。その首筋にちらりとでも痕がないかと探す。彼女が心を預けた痕は、どんな色に見えるか。
「あれ、だめですか?」
「そうではなくて、あなたにお願いしてあるのは別件だと思いますけれど」
「じゃあ、これが終わったらやります」
「信用できません」
彼女が立ちあがろうとする肩を押して椅子に戻す。憤然とした様子でこちらを見上げる彼女の前に再度、簡を差し出した。
「あなたに。」
それがまるで敵の首であるかのように睨みつけた彼女は、いかにも嫌そうにそれを再び受け取った。奉孝は満足して、彼女の机の前に椅子を引っ張ってきて座った。それを横目で見てちいさく息をついた文若は、簡の上を、指を滑らせながら読んでいく。
長いものではない。彼女の視線はすぐ上がった。
「たいそうすぐれた詩と思います」
「ありがとうございます」
沈黙が下りる。文若は簡をそっと机の上においた。
「奉孝殿」
「はい」
「わたしの評判はお聞きでしょう?」
顔を上げた娘は、ひどく疲れたように笑った。奉孝は笑みを返した。
「もちろん。」
「たいそうな堅物と聞いていますでしょう? その通りです。」
「違いますよ」
娘が静かに瞬きした。
「文若殿は堅物ではありません。それを言う者の目は節穴だ。あの方は決してそう言いますまい」
「…奉孝殿」
「文若殿はこんなに可愛いひとです。お読みになったでしょう?」
文若は簡を指先で遠ざける。
「これはお持ち帰りになって。そしてお願いした案件をお持ちください」
「持ち帰りません」
「奉孝殿!」
「これはあなたです。」
光を、自分は詠んだ。柔らかく淡い日に照る花を、光の欠片のように花びらを散らす気高さを詠んだ。美しい眠りを、その袖に憩う幸いを詠んだ。
彼女はこめかみを揉むように手を当てた。
「またそういう…」
「あなたはなぜ、こういうあなたを切り捨てようとなさるのですか?」
彼女の目に、かるく軽蔑するような光が踊った。
「奉孝殿には珍しいお尋ね。何年、わたしとともに居るのです?」
「ともに居たとは果報な仰せ。あなたの『おんな』を握っているのはあの方ばかりだ」
ふいと切りこむと、文若の肩がこわばった。ただじっと眺めていると、視線が上がってぶつかる。何の色もない目は、どこにも見たことがないと思う。よく、静かな目を夜のようなというが、それほど能弁だったらこの娘も捕まえられるだろうに。
「あなたはあの方からわたしを獲ろうというつもりですか」
奉孝は目を細めた。
「愛らしいことをお聞きになる」
「間接的に聞いても仕方ないことです。それはわたしの考えの外にあること」
「あなたをめぐっても?」
「ええ」
投げやりな笑みはなぜなのか。奉孝は袖を払った。
「さて、どのような手段で絡め取るか、思案のしどころだ。あなたは注進なさるまい?」
文若はすいと背を伸ばした。
「注進したらあの方はどうするとお思いか」
奉孝はわざとらしく肩を竦めた。
「すっかり立ち直ってしまいましたね。これはわたしの失策だ」
「わたしに対するこのような企てはもうお止し下さい。…疲れるだけですわ」
「では、止まり木まで墜ちてきてください。」
「思索こそがわたしの止まり木」
平坦な口調で言い捨てた彼女は、ふいと口元にひどく凄みのある笑みを浮かべた。
「…わたしの、鳥籠」
奉孝はしばらくそれを見つめて、肩のちからを抜いた。
「分かっていないのはあなたのほうだ」
まるでふつうの娘のように、彼女が瞬きする。…制止そのものが、わたしをあなたに惹きつけて止まない。
「それはあなたのほうだと何度申し上げれば分かります? わたしの欲しいものすらお分かりにならぬくせに。」
奉孝は拗ねたような声音に瞬きした。
衣も紅も髪飾りも恋物語も、おんなが好きな物をこのまぬ娘。
「欲しいもの?」
「ええ、わたしの欲しいものはよく働くあるじです。…さあ、出て行ってください」
ちら、と笑みが唇にのぞいた顔は、もう奉孝を一顧だにしない。表情を描いた幕を下ろしたように平坦な顔。
あるじの執着するものをからかいたいだけだった。
あるじの手から掠えたらさぞ楽しいだろうと思った。
奉孝は丁寧な礼を取って部屋を出た。後ろ手に扉を閉め、歩き出す。
策略が成功するときこそ、自分は空々しく笑ったものだ。ならばいま自分はなぜ愉快なだろう。
鳥籠は開いている。なのにあなたはそこから出てこない。自分がこんな直感をあてにするなど、焼きが回ったか? 奉孝は今度こそ笑って、袖を翻した。
(2012.10.26)
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