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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、最初に落ちたところが隆中以外の場所で展開する特殊ループです。
 今回は、『花献帝』です。 
 最初に落ちた場所が献帝のところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
  雑駁設定なのは のえる の所為です。     
  何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。


 花献帝と孟徳さん、文若さん。



 茶を前に、放心している帝を文若は盗み見た。少女好みに作ってある東屋に座るそのひとはいつも、神秘的なほど愛らしい。そのひとは、稀なる少女の帝だ。
確かに少女のものではあるけれども、たいてい、彼女の表情は深山の池のように静かで、少年じみて見えるものだった。その、常は静か、というだけの表情が、いまはただぼんやりとしている。
 「へーいか。どうしたのかな?」
 のんびりと尋ねた孟徳に、文若はまた目を伏せた。彼女を幼いころから見ている者ならば気づいただろう変化だ、とみに敏いあるじはすぐに分かったろう。
 「好きな茶なのに、ぼんやりしているね。」
 彼女がゆっくりと瞬きした。
 「疲れたのかな? たくさんの人がいたしね。」
 また、長いまつげが動く。首がわずかに横に振られた。頭の飾りがかすかに鳴る。
 「孟徳」
 「なに?」
 「うみ、はとおい?」
 ああ、と孟徳が笑った。
 「呉公の話だね。気になる?」
 文若は、先ほどの会合を思い出した。孟徳、玄徳、仲謀が一堂に会したさまは何度見ても、文若に、やっとここまで来たという感慨と、これは現実だという緊張がないまぜになって、夢の中のような心地にさせる。まあ、すぐに、やっかいなことを予感させる話し合いになってしまったわけだが。
 「うみ」
 少女は静かに繰り返した。
 「見てみたい」
 彼女は最近、望みを口にする。言い慣れたもののように静かに、そして叶えられないはずがないという高貴さで少女はほの紅い唇を開く。
 「俺も見たことがないんだ。」
 孟徳は杯を取り上げ、茶を飲んだ。少女もそれにならうように、小さな手で杯を持った。子ども用に薄めても、香りはよく残る茶だ。その香りを楽しんでいるのか、ただ水面に日でも反射したのか、彼女は目を細めた。
 「そう」
 「ここから海までは、とても遠くて時間がかかることは確かだよ。」
 「川を下っても?」
 「聡明な陛下」
 孟徳はにこりと笑った。
 「調査させようか。あの大河はどう曲がりくねっているのか、どんな難所があるのか、どんな船なら川を下って海にたどり着けるのか」
 「ええ」
 文若は眩暈がした。そのような途方もないことに費やす人員は、一人や二人では済まない。三国が帝のもとに集ったこれから先、様々な取り決めで下級の文官まで働きづめになることは間違いない。むろん、孟徳もそれをわかって申し出ている。文若の頭の中に、官たちの顔が現れては消えた。
 「川路の開発や船の改良は、商人たちにも利があることだからね。陛下の発案がこの国をより豊かにするだろう」
 孟徳がちらりと文若を横目で見た。彼は低く首肯した。陛下の要望であることはあくまで胸ひとつにおさめ、海千山千の商人たちの手綱を握れ、なおかつこちらの要求を通せる胆力のある人物を任じろというのだろう。そうなると、人員は限られてくるから、かえって楽だ。
 「玄徳のところへも行きたい?」
 よく研いだ爪のような声だ。文若は言葉を飲み込んだ。
 「海が先」
 「そう」
 本当に、この人はただの少女ではない。彼女はわずかに背を伸ばした。
 「孟徳は何か見たいと思うものがある?」
 彼は珍しいことに、不意を突かれたような表情になった。それは一瞬で、彼は微笑った。文若が不敬と思う親さで、しかし馴らされてしまったその柔らかさで、そのひとをただの少女にしてしまう笑顔だ。
 「大人になった陛下は見たいね。きっともっと可愛いよ」
 「そういうことではない」
 「そっか。…俺はもう、ないかな」
 孟徳を見つめる少女の目が、鋭くなった、と思う。
 「じゃあ、知りたいと思うものがないの」
 呟きのようなそれが言い終わる頃には、彼女の顔はまた平静に戻っていた。孟徳はその顔を見たまま鳥が鳴き終わるほどのあいだ、黙っていた。
 「陛下の治世かな。」
 それはとてもゆっくりと、平静に告げられた。玄徳であれば、なにがしかの脅しを感じ取ったかもしれない。仲謀であれば、また始まったぜと言いたげな顔をしたかもしれない。だが文若には、それが真実と思えた。この方は嘘をつかない、それを差し引いても、その声はただの事実しか告げていないように聞こえた。
 「寛容ね」
 少女は生真面目に肯った。孟徳がくす、と微笑う。少女の白い顔がこちらを見る。
 「文若。お茶をちょうだい」
 彼は催促されたことに恥じ入って、頭を下げた。
 「海が見たい」
 彼女はもういちど、言った。
 「見られるよ」
 当たり前のように、孟徳が言う。信じているように、少女が頷く。彼らの何かが、彼らをふたりきりにする。それを感じるたび、自分が見逃している何かがあるような気がする。
 「どうぞ、陛下」
 文若が差し出した茶を受け取った帝は、穏やかな親さを覗かせてかすかに笑った。


 


(2015.1.2)

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