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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと、花ちゃん、です。
 リクエストありがとうございます!
 

 
 
 部屋に入るなり、文若は思いきり眉をひそめた。孟徳が窓枠に貼り付くようにして外を見ている。不審者かと思わず背を緊張させるが、それにしては剣を手にしていない。
 「…丞相」
 唸るように呼ぶと、孟徳が素早く振り返って唇に人差し指を当てた。やんちゃな子どもを相手にするような仕草に、文若はこめかみが痛むようにさえ思った。
 「先程お届けした簡はもう終わらせていただけましたか」
 さらに声を低くすると、孟徳の視線が鋭くなった。
 「それどころじゃないっ」
 太いため息をついて足を踏み出した文若に、筆が飛んでくる。
 「何をなさるのですか」
 「お前は絶対こっちに来るな」
 「恐れながら、そちらに参らねば簡を頂けません」
 「あとで届けさせる」
 「丞相の『あとで』は当てになりません」
 「いいから、今は来るな!」
 文若は肩をいからせて足早に孟徳に歩み寄った。慌てた顔をする孟徳を横目に、窓から外を見る。
 執務室の横は庭になっていた。いくつかのせせらぎが大きな池に入り、そこからまたせせらぎを作っていく。池の上に張り出した東屋に、柳がゆったりと影を映す。もう少しすれば女の紅のように濃い色の花が咲き乱れ、丞相にふさわしい華やぎをもたらすだろう。いまはただ緑が眩しい庭だ。
 その庭の隅、せせらぎに渡した橋に、今や文若の胸に暖かな光を灯す娘が座っていた。
 あの不思議な「制服」をまとうことがなくなった花は、今日もこちらの服を着ていた。薄緑の裳を膝までたくし上げ、つま先を水に浸している。上半身はすっかり木陰に入っているのに白い足は惜しげもなく日にさらされ透き通るようだ。膝の上にのびのびと背を伸ばす子猫を笑顔で撫でている。
 一気に耳まで紅潮した文若を、孟徳は面白くなさそうに見た。
 「あーあ、文若も見ちゃった。つまらないな。」
 「あ、あの娘は、あんなところでいったい何を」
 「涼んでるんだろ。夏みたいな天気だし。今日は彼女、休みなんだろ?」
 「娘が足をさらすなど、なんというはしたない」
 常にない素早さで身を乗り出し、花に大声で注意しようとする文若を、孟徳は羽交い締めにして床に引き倒した。
 「何を…!」
 「お前、あんなところを注意してみろ! きゃあ、見てたんですかって花ちゃんを恥ずかしがらせるだろ」
 「その声音としなをつくるのはお止め下さい。それに叱るのは当たり前です。人目も多い場所であんな格好をしてるのですから、きつく叱らねばなりません」
 「もうちょっと堪能させろ」
 「そんな場合ですか! 丞相は仕事にお戻りください」
 「息抜きだ」
 潜めた声で殺気をぶつけ合うふたりに、軽やかな笑い声が耳に入った。ふたりが我先に窓辺に戻る。
 たくしあげた花の裳裾に、猫が爪をひっかけたらしい。か細い泣き声を上げて、やみくもに動く猫を、花が笑顔でなだめている。
 「こら、大人しくして。また絡まっちゃうよ」
 子猫が裳裾全体に絡まるように動くせいでどんどん裳がたくし上げられ、花の太ももがゆらゆらと露わになる。と、その固まりが彼女の太もものあいだにすとんと落ちた。
 「あ、こら! くすぐったいよぉ」
 柔らかそうな太ももの間でもぞもぞ動く白い固まりに花は笑い声をあげ、本格的に猫を捕まえにかかった。
 「動かないの。もう、舐めちゃだめだってば」
 猫になりたい、と誰かが言ったようだ。断じて己ではない、己ならば猫では嫌だ、と苦々しく思ったその時、彼ははっと気づいた。
 向こうの柱の影。角部屋の窓辺。植え込みの向こうがわ。若い官吏が三々五々、身を潜めている。
 途端、文若は孟徳に押さえつけられていた腕を振り切り、窓辺で身を乗り出した。
 「花!」
 「は、はい!」
 慌てて立ち上がった花の裳裾に、猫がぶら下がった。その弾みで爪が外れたのか、子猫はとんと土に下りると駆け出し、瞬く間に見えなくなった。
 「何という格好をしているのだ!」
 八つ当たり気味に怒鳴ると、花は首を竦めながらそそくさと橋を渡り、窓の下にやってきた。
 「暑かったので…あの、いけなかったですか?」
 「断じてならん!」
 「ごめんなさい」
 「いいんだよー花ちゃん。なんなら、この庭は花ちゃんにあげよう」
 文若を押しのけ窓際で叫ぶ孟徳を、文若は両手で室内に押し戻した。
 「丞相は仕事にお戻りください」
 「えー」
 「おしごとがんばってください!」
 「がんばるよー」
 手のひらを返すような返事が、苦々しさを煽る。さも渋々と机に座った孟徳が、横目で文若を見上げた。
 「可愛いもの見たなあ。なあ文若?」
 子猫を窘めていた時の眼差しは、幼子のように愛らしかった。しかし、ここで同調しては、手元に置きたいとまた駄々をこねられる。文若は、肝にぐっと力を込めて答えた。
 「女子として有り得ません」
 「子猫を差し入れようか」
 「猫の毛が墨に混じるのは、仕事に差し支えます」
 「覗き見してたやつらの顔、覚えたか?」
 「…はい」
 「じゃあそいつらには、しばらく地方に行ってもらうとするか。ここから旅程ひと月くらい必要なとこで、どっか空いてるだろ」
 「地方に行くほど人手は足りていませんので、丞相のご配慮は有り難きことと存じます」
 「決まりだな」
 朗らかに孟徳が言い、筆を取り上げる。積んであった簡を瞬く間に減らしていくのを見ながら、文若は深く息をついた。
 …しかし、あの白い足を舐めるのを、子猫に先を越されたとは。
 文若ははっと息を詰め、決済の済んだ簡を纏める作業に専念した。
 
 
 
(2011.5.18)

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