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リクエスト返礼第二弾です。
「誰にでも優しい花ちゃんに嫉妬して、もっと自分のことを見ていて欲しいと八つ当たり」というお題で、「お相手は文若さんか公瑾さん」とのことでしたので、文若さんを選択させていただきました。
haruさま、リクエストありがとうございました。ご希望に添ったものになっているとよいのですが…今後とも、よろしくお願いいたします。
では、文若さん×花ちゃんです。
「花殿って可愛いよな~。」
のんびりした声に、文若は背を強ばらせた。
うららかな良い日和だ。鳥の声も澄んで遠くまで響く。花はより甘く香る。以前の文若ならば気づかなかっただろう日々のうつろいは、いよいよ婚儀の迫った愛しい娘が教えてくれる。
曰く、南の庭で白い花が咲きましたとか、今日はずいぶん早くから鳥が鳴いていました、とか。それに気の利いた言葉など返せはしない。だが、顔を見て素っ気なく頷いただけでもあまりに彼女が嬉しそうに笑うので、困る。
今も彼は、中庭に咲いた小さな赤い花に目を奪われていた。先日、侍女が付けていた簪の飾りに似ている。正直、侍女の身には派手なと眉をひそめたのだが、花になら似合うかも知れない。もう少し髪が伸びたら贈ろう。
そんなことを考えていた矢先だった。
…可愛いよな、だと。
それだけだと思っているのか、わたしの妻となる女性だぞと文若は眉間にしわを寄せた。
「そうだな!」
暢気な返事がいっせいに上がる。
その部屋はいわゆる、たまり場、というやつだった。なんとなく書庫、という雰囲気の部屋だが、文若の執務室や政務の場所からは中途半端に遠く、使われないままである。そこにいつのまにか茶器が持ち込まれ、椅子が揃えられた。そういう場所の使われ方は文若的には納得できないのだが、そのような些末なことを考えるいとまがなく今日に至っている。
いまも、若い文官たちが休憩しているらしい。文若は音もなく壁に近づいた。
「可愛いだけじゃなくて、親切なんだよ」
「お、なにかしてもらったのかお前」
「この間、ちょっと二日酔いでさ。廊下の隅で頭を抱えてたら水をもってきてくれたんだよ」
自慢げに言う青年は、ふだんから家柄を誇ってばかりいる。仕事は二流だ。おお、とうらやましそうな声が上がる。
「いいなあ。俺も腹が痛いとか言ってみようかなあ」
「俺はさ、散らかした書簡の整理を手伝ってもらっちゃったよ」
そう言ったのは、文若の記憶によればそそっかしいことで有名な男だ。字も汚い。
「回廊でぶつかったのが悪いんだけど、自分のことみたいに焦ってくれて、手伝ってくれたんだ。」
「へえ~」
「いい香りがしたなあ。」
文若の拳がきつく握られた。
「この間はさ、厨房に入ったばっかりの子が、親方に叱られてメシ抜きだったのを慰めてくれて、菓子もらったんだってさ。」
やるなあ、とひときわ高い声があがった。厨房に入ったばかりの子、というのは、厨房にふさわしくない派手な帯をしている男だろう。髪の形ばかり気にしている。
「あいつのことだから、同情をひくようにうまいこと言ったんだろう。ちょっと男前だしな」
「一生懸命で可愛かったんだってさ」
「…なあでも、『あの方』と婚儀の予定だって、本当なのかな?」
部屋の中が、針を落としても聞こえそうなほど静まりかえった。
自分が仕事に厳しいというので隔意のある呼ばれ方をしているのは知っていたが、実際に耳にするのは久しぶりだと文若は妙な感慨を覚えた。
「…あんな眉間に皺ばっかり寄ってる男の、どこがいいんだろう」
心底、意外そうな呟きが聞こえる。
「地位とかは、彼女は関係なさそうだしな。」
「そうだよ、丞相のお気に入りだったんだろ? それを蹴って『あの方』のところに輿入れするんだぜ?」
「丞相を蹴る、って、相当なもんだよ?」
「あんな可愛い子にそこまで惚れられてみたいよなー」
「…なあ、もう間に合わないのかなあ」
悲嘆にくれた声に、男たちがざわつく。仕事は確かで字もきれいだが、いつも陰気な目つきの男だ。
「なにお前、本気?」
「だってさあ、あのさらさらの髪とか、白いまっすぐな足とか、ひとのことじっと見て話してくれる大きな目とか! もう可愛いとしか言えないだろ!」
「字の練習してる真剣な顔もな。」
「手だけでもいいから握ってみたい!」
「馬鹿だなあ、もっと欲しくなるぞ」
「そうだよな。でも、付け文だけでも受け取ってくれないかなあ」
「ちょっと顔を赤くして、ありがとうございますなんて言われたら、俺、その場で婚儀を申し込んじゃうかも!」
文若は、ゆっくりと扉を押し開けた。笑い声がぴたりと止まる。
「休憩か。」
誰も声を上げない。文若は咳払いをした。
「…ああそうだ、まったく関係ないことだが、花はわたしが咳き込むだけで白湯と薬、とさわぐ。古い書簡の埃にむせただけなのだがな、花を鎮めるのにいつも一苦労だ。あれは本当にわたしをよく気遣ってくれる。まあ、婚儀が決まっているのだから当然かも知れぬが」
文若はくつくつと笑った。
雲が出たのか、部屋の温度が少し下がったようだ。
「ちなみに、最近はずいぶん字を読めるようにもなった。それも、わたしが手本を書いて渡しているからだろう。字が読みやすいと笑顔で褒めてくれるが、文官には当たり前のことだな。それに、婚儀が決まっている相手のことを良く言うのも当然のことだろう。」
どうも風も出てきたらしい。部屋の中がさらに寒い。
「茶のいれかたもうまくなった。最近はわたしより上手なのではないかと思うほどだ。わたしの衣もきちんと着付けられるようになったし、安心して屋敷のことを任せられると胸をなで下ろしている。」
文若はもういちど、部屋を見回した。目があった、そそっかしい男の喉が鳴る。
「婚儀は盛大にするようにと、丞相にもお気遣いいただいている。わたしとしては、花の美しい姿がみなの目にとまらぬようふたりだけですませたいくらいだ。これはあの愛らしい娘の夫となる男としては当然の感情だろう? だが、花はわたししか見ていないからな、なにも心配は要らない。…そのうえでこのわたしに勝負を挑むというのなら」
その場にいた全員の背が伸びた。
彼は、にこり、と笑った。
「受けて立とう。」
花は、文若の机の脇に立った。気づいた彼が顔を上げ、「なんだ」と微笑む。婚儀が近づいてからというもの、文若の自分を見る目がとても甘いような気がして、花はとみに落ち着かない。
「文若さん」
「どうした」
「最近、文官のみなさんがちょっとよそよそしい気がするんです。嫌われちゃったんでしょうか…」
文若は瞬きをして、笑みを深くした。
「そうではないだろう。お前も婚儀の近づいた娘なのだ、相手もお前を思いやってのことだろう。そのような娘に不必要に近づくことは、双方のためにならん。」
花はしおれた。この世界の理屈は頭では分かるけれど、そう年齢の変わらない、せっかく仲良くなったと思った男子たちに隔てを置かれるのは寂しい。
文若が筆を置いて、花の手をそっと握った。彼女は慌てた。
「文若さん、みんな来ます」
「わたしはお前の許嫁だ。どこにさしさわりがある」
「そ、そうですけど…」
「花にそんな顔をされてしまっては、わたしが寂しい。」
花は瞬きして彼の顔をまじまじと見つめ返した。文若は軽く咳払いして彼女の手を放し、筆を持った。
「まあ、お前は嫌われているわけではない、あくまで立場上のことだ。気に病むな」
あまり納得はいかなかったが、花は笑顔をつくった。
「そうですか、良かった。…文若さんの奥さんになるのに、みんなに嫌われていたら困ります」
文若が、何かに気づいたような表情を浮かべ、花に目を戻した。その顔に、徐々に満面の笑みが広がっていく。
「わたしのことを気遣ってくれたのだな。ありがとう。」
久しぶりに目にした彼のそんな表情に、花の頬が一気に熱くなる。
「い、いいえ…お茶いれてきます!」
言い置いて身を翻すと、ああ頼む、と優しい声が追ってきた。花は一気に回廊を走り抜け、角を曲がってしゃがみこんだ。
「もう、結婚前からこんなんで大丈夫なのかなわたし…」
花は膝を抱えて熱い頬をもてあました。
(2010.5.19)
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