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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 リクエストありがとうございました!
 公花か文花で、ということでしたので、文若さんと花ちゃんで。ご希望のシチュエーションは、こんなカンジで合ってますでしょうか?
 お気に召していただけますように。




 「楽しかったですね!」
 その言葉以上にきらきらした目を向けられ、文若は微苦笑した。
 「良かったな」
 「はい! 楽しかった!」
 花は両手を胸の前で組み合わせて宙に視線を投げた。女は買い物が好きと俗に言うが、彼女も例外ではない。ふたりで買い物に出るのはこれが初めてではないし、そのたびに花がはしゃぐのを見ているが、毎回、どこからあんな活気が出てくるのかと思う。
 ふたりが住まうのは都であるから、市が立たなくても店はある。しかし、大規模な市が立つときは人出も違うし、目新しいものも多く揃う。侍女たちと行ってみたいと相談された文若が、内心非常に慌てて、外面は重々しく同行を申し出た。近隣から人が押し寄せる場所に、侍女もともなうとはいえ、少しうっかりな妻を放り出せるものか。彼の申し出に花は一も二もなく飛び上がって喜び、今日が晴れるようにと妙な人形までこしらえて軒先に下げていた。その甲斐あってか、きらきらしい晴天となった。
 花は踊るように歩く。気が気ではない。
 「あんなきれいな糸があるなんて、びっくりしました。孟徳さんの服にはああいう糸を使うんでしょうね?」
 「そうだな」
 「それに本屋さんってあんな感じなんですね~。立ち読みとか気軽にできなそう」
 「今日見たのは市だからな。常設の店舗をかまえているところも、むろん、ある」
 「文若さんは常連ですか?」
 彼は少し首をひねった。
 「まあ、いまとなってはそうそう店に押しかけることもないがな」
 「ああ、やっぱりもっといろいろ読めるようになりたいです!」
 うっとり言う花に、冷や汗が出る。市で彼女が広げようとした簡は表題こそ煌びやかな名前がついていたが、十中八九、房中術について書かれたものだろう。あやういところでそれを読み取った文若が止めなければ内容を問われて答えに窮していたに違いない。店主のにやにや笑いがしばらく追いかけてきていた、と彼は眉間に皺を刻んだ。
 「ご飯を食べたお店も美味しかったです。」
 花はちょっと顔を赤くした。足取りが緩やかになる。
 「…うちの、料理人さんもすごく美味しいですけど。あんなに味が濃くはないですよね。たまにはおいしい」
 「お前には菓子のほうが楽しかったのではないか」
 干したものや蜜漬けの果物を入れてふかした柔らかい菓子に、熱いうちにかぶりつこうとしたのをからかうと、花は今度ははっきり分かるほど顔を赤くした。
 「あったかいうちに食べるのって贅沢なんですもん」
 「やけどをするぞ」
 「わたしだって、気をつけています」
 「そう言ってこのあいだ、茶で口の中をやけどしたのは誰だ。…なんなら、嫌というまで口をふさいでやっても良いのだぞ?」
 秘密めかして言うと、飛び上がるようにして背を伸ばした花は、そうっと肩をすくめた。
 「…気をつけます」
 花は小さいつつみを抱えなおした。文若が持とうといっても離さなかったものだ。
 「重くはないか?」
 「もうすぐそこですから。」
 小さい手が包みをなでる。
 「珍しいお茶なんでしょう?」
 「ああ。こんな高級品があのように薄汚れた天幕で売っているとはな。どこから手に入れたか」
 「お店のひとは薬だって言ってましたけど」
 「高価なものだからな。」
 「そう、あのお店のひとってば、わたしと文若さんを兄妹か、って言ってましたね」
 花がおかしそうに笑う。そのとたん、そのことを忘れようとしていた彼はまた、深い皺を眉間に刻んだ。うす暗い天幕の中、老人と言っていいような年長者の言葉だったから、そう目くじらを立てるものではない。だが、その言葉は非常に不愉快だった。
 あの堅物が妻に迎えたのはどんな娘かと興味津々で見物にきた者は例外なく、花と会って驚きあきれる。花を以前から気に入っていたものは、さてこの婚儀がいつまで続くかと賭けてさえいるらしい。そういう輩の胸ぐらをとらえて、あるいは膝詰めで問いただしたくなったのも、一度や二度ではない。
 そんなに自分は彼女に不釣り合いか。
 確かに、彼女は並みの娘ではない。妻とした今は忘れがちだが、孟徳の前に登場した経緯からして、ふたりとない。彼にしてみれば、菓子に目を輝かせ、字がうまく書けたと笑顔になり、囲碁でまた負けたと悔しがる、当たり前の娘であるのに。
 そのとき、袖がそっと引かれて彼は立ち止った。心配そうに花が見上げてくる。
 「疲れてしまいました?」
 「…いや」
 「帰ったらこのお茶をいれて一休みしましょうね。」
 恋仲であった頃から、それだけのことに実に楽しげな顔をしたものだ、この娘は。自然と笑みを返してしまう。
 ふと花は何かを思い出したように、胸の前で小さく拳を握った。
 「次にあのおじいさんに会ったら、ちゃんと言わないとですね。わたしと文若さんは」
 花は常にない素早さで文若の袖を引いた。よろけた頬に、柔らかいものが当てられる。ぽかんとした文若の前に回り、花は赤く染まった笑顔を向けた。
 「こういうこともするんですよ、って!」
 飛ぶような早さで花が歩いていく。小さな背が家への最後の角を曲がって消えると同時に、我に返った。
 …あの幼い手が、いつの間にか己に教え込んだのだ。互いをおいて他に、添う者のないことを。
 さっきの他愛ない口づけの返礼は何としようか。さて、茶だけで済ませてあの娘の焦れったそうな顔でも求めようか。夜は長い、と彼は僅かに笑い、大股で歩き出した。


(終。)
(2012.7.24)

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