二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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おひげさんな話ではないので恐縮です。
「ただいま帰りました~…あれ?」
花は部屋の入り口で立ち止まった。いつもなら素っ気なく頷いてくれる夫の姿がない。
その代わりのように、鮮やかな緋色の衣が、自分の机に突っ伏して眠っている。
「孟徳…さん?」
花はおそるおそる近づき、肩にそっと手を置こうとした。その時、その袖をつかんだ手があった。
彼女が驚いて横を見ると、つい先頃知り合ったばかりの子建が、にこやかに立っていた。今日も、黒と見まごうような濃い灰色の衣で、影が動いているようだ。しかしその灰色には繊細な唐草が織り込まれて衣に滑る光を独特な色合いに見せている。
「父上はたいそうお疲れなのです。寝かせておいてさしあげましょう」
言い終わるなり、寝ていたはずの相手からうなり声が聞こえた。
「うるさいぞ子建。せっかく花ちゃんに起こされる機会だったのに」
「これはこれは、父上ともあろう方がずいぶん稚拙な策を用いられる」
朗らかに答える子建を、孟徳はじとりと眺めた。花は慌ててその間に入った。
「どうしたんですか孟徳さん、こんなところに」
孟徳は花を見、へにゃりと笑顔になった。
「うーん、頭痛がね、そんなに酷くないんだけど、ちょっと逃げてた」
「逃げるって…たぶんすぐ、文若さんは帰ってきますよ? お薬は飲みました?」
「うん。」
子どものように頷く孟徳に、笑みを返す。その手が、柔らかく取られた。
「今日は花ちゃんに渡したいものがあって来たんだよ」
「ああ、わたしもです。」
「俺が先だ」
どうぞ、というように袖を翻した息子をまた面白くなさそうに見、孟徳は花の手を握り直した。
「あの…このあいだみたいに、とても高価な帯飾りとかなら、あの、受け取る訳には」
「違うよ。ほら、このあいだ、俺に衣を掛けてくれたじゃない。」
ああ、と花は瞬きした。
春にしては珍しく冷え込んだ数日前、今日のように他愛ない話をしながらうたた寝をはじめた孟徳に自分の羽織っていた衣を掛けたことがある。子建が僅かに口元をゆがめた。
「あれを返しに来たんだよ。」
はい、と手渡されたそれに、花は瞬きした。
色とりどりの花が裾一面に咲いた衣は、手触りのいい白い衣だ。夏には活躍するだろう、軽くて丈夫そうな布だった。
「あのう…孟徳さん」
「なに?」
「わたしが孟徳さんに掛けたのは、この衣じゃないですよ…?」
「そうだっけ?」
孟徳がすいと目を反らした。花は唇を尖らせた。
「そうですよ。」
「あれより生地も刺繍も香もいいものだけど、それでも駄目?」
彼が子犬のような上目遣いで覗き込んでくる。花は顔を紅くした。
「だってあれは、文若さんが縫ってくれたんです。」
孟徳がぽかんと口を開ける。その表情が新鮮で、花は笑った。
「わたしが衣を縫うのに悪戦苦闘していたのを、文若さんがおかしがって。あんまり眺めてるから、じゃあやってみてくださいって渡したら、少し縫ってみてくれたんです。これ以上真剣になると仕事ができん、とか何とか言ってすぐにやめちゃったんですけど、すごい几帳面な針目でした。…だから、あの、宝物なんです。返してください」
頭を下げた花の頭上で、深いため息が聞こえた。
「なーんだ、じゃあ、それじゃ駄目だね。…ねえ花ちゃん、こんど俺に一枚縫ってよ。ね? 宝物にするから」
笑顔で詰め寄られ言葉に詰まった花の肩に、ふわりと何かが掛けられる。振り向くと子建が微笑んでいた。肩に掛けられたのは、若草色のひれだった。
「どうぞ。父上があなたの衣を奪うお詫びです。お受け取りくださいますよね?」
「子建…お前ほんと良い度胸してるな」
「父上ほどではありません」
きらきらしいほど朗らかに笑う子建。
まるで討ち合いの時のような笑顔を浮かべる孟徳。
(どうしよう)
そのとき、地を這うような声が聞こえてきた。
「おふたりとも、わたしの妻に何をしておられるのですか」
「文若さん!」
顔を輝かせた花をひっさらうように一直線に割って入った文若は、親子をいつもより細い目で見据えた。視線の先で、若草色のひれがからかうように宙を舞って落ちる。
「丞相、政務のお話ならばあちらの部屋で承ります。公子、いつぞやの詩の会へのお誘いであれば、さきほど遣いを出しました。そのほかに、何か」
「うん。」
「ええ。」
場違いに間延びした声がかぶる。文若の眉間の皺がまた一段と深くなる。
「何でしょうか」
「花ちゃんが可愛いなあって」
「奥方がたいそう愛らしいというお話です」
「…お二人とも!」
「ああ、そう言えば元譲を捜しに行くんだっけ」
「そうそう、東の庭の花を母上にお届けに上がるのでした」
空々しい声ととともに賑やかな影が揃って消えると、花はおそるおそる文若の顔を見た。
「ごめん、なさい」
「お前が、謝ることでは、ない」
抱き寄せられた夫の袖の中は、噛み締める声に反してとても静かだ。花は背伸びをしてその頬に口づけた。目を見開く夫に笑いかける。大きな吐息とともに、手のひらがゆるりと背を撫でた。
「衣を男に掛けるなど、無防備にもほどがある。まして、相手は丞相だ」
「ごめんなさい」
「…ましてわたしも手伝ったものを…」
「本当にごめんなさい」
「…捨てられたのかと」
「そんなはずないです! 誰に脅されてもあげたりしません!」
…文若さんは誰にも渡しません。
囁くと彼が息を呑む気配がした。当然だ、という声に花は微笑んで目を閉じた。
(のぞき見親子。)
「さすが丞相府を仕切る方ですね、実に男らしい」
「その割にはなかなか入って来なかったな」
「お気づきになっていながら最後まで彼女に言わせるあたり、父上もお甘い」
「うるさい。お前はもう二度と花ちゃんに近づくな」
「残念ながら、彼女からお友達でいてくださいと言われましたので、近づきます」
「そんなぬるいこと言われて喜んでるのはお前くらいだ」
「戦い方に色々あるのは、父上のほうがよほどご存じと思いますが」
「俺なんか花ちゃんに異国のお話して貰ったりお茶をいれてもらったりしてるぞ!」
「それはおめでとうございます」
「…馬鹿にしてるだろ」
「お祝いを申し上げましたが…はて、もしやもうお耳が遠くなられましたか?」
「子建…」
「ああ、やっぱりあの方の微笑む表情は実にいい。今の表情はごらんになられましたか父上?」
「お前が話しかけるから見逃しただろうが!」
(2010.7.24)
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