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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと花ちゃんです。
 うちの時間軸では、「恋ぞ積もりて」の頃でしょうか。
 
 
 

 
 
 文若は悩んでいた。
 視線の先では、花がこちらに背を向け、棚に簡を置いている。慣れないことで、ひとつひとつ小さな声で読みながら小さく区切られた場所に丁寧に置いていく。濃緑の下衣にうす黄色の長い袖無しを合わせた様子が若々しく、愛らしい。小鳥が止まっているようだ、と、文若はかすかに笑みかけ慌てて表情を引き締めた。
 悩みの種は、先程の茶の時間のことだ。
 花の笑顔だけを見て過ごせる貴重な時間に、孟徳が乱入してきた。あまつさえずうずうしく花の隣を占め、こちらをおかまいなしに話を進める間に茶は終わってしまった。ただでさえ仕事中は指図しかしないのだし、他愛ないことで笑う花を独占する貴重な時だというのに。それに花はどういうわけか、孟徳には特に警戒心がないように見える。先程も、孟徳のする賑々しくしかも内容のない話にころころ笑い、相づちを打っていた。
 その時に孟徳がぽろりと言った。
 「花ちゃんは欲しいものはない? 衣とか帯とかさ、いくらでも仕立てるよ。」
 それを言うべきなのは自分だろうと袂の中で拳を握ったが、孟徳を制するより先に花が笑って辞退した。それに安堵したものの、花は急に顔を紅くしたのだ。
 欲しいものならありますと小声で言った彼女は、しかし孟徳の追求にもついに口を割らなかった。いつもなら孟徳の笑顔に負ける彼女が首を横に振るばかりだった。
 彼女がそうまでして隠し通した欲しいものとはなんだろうか。やはりここは自分が聞くべきだ。自分以外にいない、はずだ。
 (彼女を想う者として)
 考えると目元が紅くなってしまう。文若が立ち上がると彼女が振り返った。小首を傾げて近づいてくる文若を見上げる。思案をまとめる広さもない執務室で、彼は数歩で花のもとにたどり着いてしまった。
 「文若さん?」
 しかし、自分にも答えてくれなかったらどうしたらいいのだ。
 孟徳に面倒な案件を提出するときでさえこれほど緊張したことはない。どう切り出したものかと悩むうち、花は肩をすくめて背後の棚を振り返った。
 「ごめんなさい、もう少しだけ待ってください。あ、孟徳さんに急ぎですか?」
 「違う」
 必要以上にきっぱり言ってしまい、花がびくりと上目遣いになった。文若は咳払いした。
 「…聞きたいことが、あるのだが」
 「はい、何でしょう」
 「その…お前の欲しいものとはなんだ」
 一気に言うと、花は目を丸くし、先程のように真っ赤になった。
 俯いてしまった花のつむじは微動だにしない。庭で、鳥の声が長々と長閑に響く。だんだんと、自分の顔も熱くなっていく気がする。
 「…あの、いま言わないと、いけませんか?」
 「わたしにも言えぬことなら、別に、その」
 花は顔を上げないまま、呟くように言った。
 「文若さんじゃないと駄目なんです。」
 「では、言いなさい。」
 「…笑わないで、くださいね」
 「お前の言うことを笑ったりするものか。」
 「あの、じゃあ…わたし、その、文若さんのことがとっても好きなんですけど」
 「あ、ああ」
 何を言い出すのか、と身構えた文若は、突然顔を上げた花に身を引いた。
 「文若さんのラブレターが欲しいんです!」
 「…何だと?」
 慣れない言葉に聞き返すと、花は耳まで紅くしまた俯いてしまった。しきりに髪をかき上げ耳にかけている。
 「あ、ごめんなさい緊張して…えっと、こっちでは付け文、って言うんでしたっけ」
 「付け文…」
 文若は絶句した。花が両手をきつく握りあわせているのを呆然と見ながら、必死で頭の中を整理する。
 付け文とは、懸想する相手に送るものだ。確かに自分は花に思いを懸けているし、花も自分を求めてこの場所に居る。そう言う意味では言葉の使い方は間違っていない。
 花はとつとつと続ける。
 「その、そういうものをもらったことがないので、文若さんから貰えたら嬉しいなって思ったんです…思っただけなんですごめんなさい!」
 また、鳥が鳴く。あの鳥は先頃、羽の美しさを愛でて丞相がわざわざ南から求めた鳥だったな、と文若はどうでもいいことを思い出した。その鳥を、花が可愛いと笑っていた。
 「…お前もくれる、のか」
 口からこぼれたのは、弱々しい、自分でも思ってもみない言葉だった。取り消そうとした矢先、花は顔を上げて、眩しげに笑った。
 「はい!」
 文若はそれをじっと見た。彼は大きく息をついた。
 「お前も、くれるのだな?」
 花がおそるおそる頷く。
 「分かった。」
 「嬉しい! ありがとうございます!」
 花が嬉しい嬉しいとつぶやきながら、その場で飛び跳ねている。はしたない、とたしなめることも忘れて文若は彼女につと、見ほれた。ふと、孟徳が私財を傾けて彼の言う可愛い女たちを着飾らせ、詩を捧げる理由が分かったような気がした。
 財を傾けてどれだけ着飾らせても、美しい言葉をつらねた詩を捧げても恋人の眼差しに例えられるものなどこの世にない。それでも言わずにはいられない。愛しい、という言葉すら追いつかないこの気持ちを。
 難題だと、心中で呟く。だがどうしようもなく浮き立つ気持ちを押さえかねて、文若はやっと落ち着いて仕分けに戻った花の後ろ姿を、いつしか微笑んで見つめていた。
 
 
 (2010.7.29)

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