二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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文若さんと花ちゃんの、お子さん視点、です。
部屋からそっと出て来た侍女が、わたしと妹に微笑みかけた。
「お入りになってよろしゅうございますよ。」
妹の顔が輝いた。あっという間に、繋いでいたわたしの手を振り払い、部屋に走り入る。先程、仕事の合間に立ち寄った父上からことの次第を聞いてから、ずっとわたしをせっついていたから、待ちきれなかったのだろう。
寝台に一直線に突撃した妹を、母上は苦笑して迎えた。いつも簡単に結っている髪を下ろしているだけで、ずいぶんひどい病人に見える。素っ気ない衣だからなおさらだ。わたしはつとめて走らぬように寝台に近づいた。部屋には、いつもと違って土臭い薬草の匂いがしていた。
「お加減はいかがですか」
小声で尋ねると、母上は妹の頭を撫でながらわたしにも微笑んだ。
「病気じゃないんだよ。」
「でも、父上が母上をよろしくって」
上掛をきつく握りしめて妹が訴える。母上の苦笑が深くなった。
「文若さんは心配性だなあ。」
「でも母上。わたしの妹か弟が産まれるのでしょう? それはとってもたいへんなことだって、父上が言ってた」
くす、と母上が笑った。わたしも身を乗り出した。
「わたしたちに、よくよく気をつけるようにと」
「ふつう、逆だよねえ」
気分を悪くした様子もなく、母上が笑う。妹は首を傾げた。
「赤ちゃん、どこにいるの?」
「えーと、そうだね。騒いだりしなければ、寝台に乗っていいよ。」
妹は大きく頷いた。わたしを振り返る。妹の背丈では寝台に乗ることができないので、わたしが助けないといけないのだが、うっかりと母上の上に倒してしまったりしたら困る。側にある父上の足置きをわたしが寝台に寄せると、妹は、母上に手を引いてもらって寝台の端に上がった。その小さい手を、母上は自分の腹の上に導いた。
「ここにいるよ。」
妹は神妙な顔をして母上の腹に手を置いたが、すぐ引っ込めた。ことり、と首を傾げる。
「ふしぎ」
「あなたもここに居たんだけどな?」
「そうなの? ねえ兄上、そうなの?」
「…なぜわたしに聞く」
「だって、兄上は何でも知ってるもん」
母上は妹の髪を撫でた。
「兄上も、だよ。」
「そうなの。」
何か理解できたふうに妹は頷いた。それから、母上の躰の横を慎重に這って、母上の腕に縋り付いた。
「あのね、この間、父上におねだりしたのよ。後ろの鈴黎ちゃんのおうちに妹がきたから、わたしも赤ちゃんが欲しい、って」
「父上、相手は誰だとか言わなかった?」
とても可笑しそうに母上が言った。わたしはため息をついた。側に居た自分まで震え上がるほど、あのときの父上は間違いなく苛立ち、怒っていた気がする。
「うん、聞いた。相手が必要なこと? って聞いたら、もっとおっかない顔をしたよ」
「こんな顔でしょう」
母上が眼を細めて眉間に皺をつくる。妹が楽しげに声を立てて笑った。
「そうなの! でもね、わたしが欲しいのはわたしの妹、って言ったら、もういっかい、誰か好きな相手ができたのではないのだな、って言ってた」
「文若さんにも困ったね」
くすくす笑いながら、母上がわたしを見る。わたしは若干視線をそらせた。足繁く母上に会いに来る身分あると覚しき品の良い方や、一般庶民の格好をしているにもかかわらず目線の鋭い得体の知れない男。母上のまわりには、身分を明らかにしない男子が多い。母上や妹は警戒しないし、父上もため息をつくばかりなのでわたしが出しゃばるのもどうかと思うが。
「ねえ。あなた、『お兄ちゃん』と『お兄さま』のどちらが好き?」
そのとき母上がとんでもないことを聞いてわたしは飛び上がった。妹はまた首を傾げた。
「どうしてそんなことを聞くの、母上」
「そうね、心づもりかな。」
「お兄ちゃんもお兄さまも、どちらも好きよ。でも父上も兄上もとても好き。それではいけない?」
「いけないことなんてない。そういうふうに文若さんに伝えておくね。」
妹は不審そうに唇を尖らせた。だがわたしは、妹の袖を引っ張った。
「もう母上を休ませてあげなくては」
「もう?」
非常に不満そうな妹の脇の下に手を入れ、寝台から下ろす。妹はすぐ、母上を見上げてその手を握った。
「母上、また来てもいい?」
「もちろん。」
「母上にお話してもらってもいいの?」
「もちろんだよ。病気じゃないんだから。」
妹は俯いて頷いた。わたしは母上を見た。なに、というふうな柔らい笑みが返る。
…父上や母上には言ったことがないけれど、わたしは、母上の話が好きだ。
昔々と始まる話。桃に人が入って流れてきたり、山で熊と遊ぶ子どもの話だったり、師匠たちは決して薦めない他愛ない話ばかりだ。でも父上だって母上の話が好きだ。わたしたちが母上の話を聞いているといつの間にか部屋に居て、しかつめらしく批評するけれど、止めろと言うのを聞いたことはない。
わたしは母上に礼をした。
「また明日、参ります。おやすみなさい、母上」
おやすみなさい、と蚊の鳴くような妹の声が被さる。母上は小さく手を振った。おやすみという朗らかな声に送られ、わたしたちは母上の部屋を出た。
廊下は夜に冷えて静まりかえっている。侍女が灯りを捧げて向こうから歩いてきた。それに近づこうとしたわたしの手を、妹が引いて止めた。
「…兄上」
「なんだ?」
「母上、どっかに行ってしまわない?」
父上に叱られた時より弱々しい声だった。
「お前が母上のお腹にいる時と、おなじだ」
「おんなじ?」
「だから、大丈夫だ。お前はここにいるし、母上もいる。大丈夫だ」
最後は自分に言い聞かせるようになってしまい、恥ずかしくなる。
妹が生まれる時、わたしはとても不安で日に何度も母上に会いに行った。母上の腹が大きくなっていくにつれ、何か恐ろしいものが食い破って現れる気がして震えた。もしや父上も、自分が産まれる時にこんな気持ちになったのだろうかと考えるけれど、見当も付かない。
「わかった…」
呟く妹の声はまだ暗い。わたしは声を張った。
「明日、母上の体にいい薬草を摘みに行こう。」
「…父上も誘っていい?」
父上は出仕だ、と言いかけ、止める。きっと父上がいちばん不安だ。でも、わたしが産まれた時、母上に父上しか居なかった時と違って、今度はわたしたちがいる。何も――父上に比べたら恐ろしく何もできないけれど、何かしたいと思っているのだと、それくらいは伝えたい。
「そうだな、言ってみよう」
「うん!」
妹が、やっと笑った。
近寄ってきた侍女が柔らかく腰をかがめる。わたしは妹の手を引いて、寝所まで歩き出した。
(2011.5.9)
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