忍者ブログ
二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 文若さんと花ちゃん、婚儀ちょっと前です。



 

 「文若」
 室の入り口で、やってきた官と話をしていた文若は、その声に振り返った。孟徳が簡から目も上げずに、筆先をゆらゆらと振っている。一気に顔を緊張させた官に指示の続きをして返すと、彼は孟徳の机の前に立った。
 「何でしょうか」
 「聞かせろ」
 「…何をでしょうか」
 「惚気」
 文若は口を開けてまた閉じた。筆がまた揺れる。
 「ほら、早く」
 「存じません」
 「へえ、無いって言わないんだな」
 「…丞相」
 歯ぎしりするように吐き出された言葉にも、孟徳は目を上げない。
 「それより、こちらの簡をご覧下さい」
 「もう飽きた」
 まっさらな簡に孟徳の筆がべろべろと滑った。
 「花ちゃんに会いたい」
 文若は袖の中で拳を握った。
 「丞相には既にご存じかと思いますが、あれはわたしが妻に迎える娘です」
 孟徳がゆっくり瞬きする。
 「文若はあんなに色っぽい子を妻にするんだもんな」
 えらく感慨深い言葉に、胸に住む娘を思い出す。場所によって、それは色っぽいどころではない姿はあると思うが、ふだん立ち働く場所で目に見える色っぽさなどあるはずがない。慎ましい格好をさせているし、華美な飾りを付ける娘ではない。彼は咳払いした。
 「色っぽいという言葉は彼女には的確ではないと思います」
 「本心から言ってるなら、お前の目は節穴だ」
 花のこととは思えない低温で言い切られ、文若は心持ち身をそらした。孟徳はすぐ伸びをしてまた机に身を伸ばした。
 「花ちゃんは実にかわいく、お前の惚気を聞かせてくれるぞ。あれこそ色っぽいと言わずして何をそう呼ぶか」
 聞き捨てならぬことを聞いた。
 「…丞相」
 唸っても、孟徳の表情は変わらない。
 「良かったなあ文若。お前のまったく遠回しで迂遠な気遣いも分かってくれる女の子で!」
 「お言葉ですが丞相、あれは女の子、などという年齢ではありません」
 「かわいければ女の子でいいんだ」
 自信ありげに断言され、文若の目が泳いたが、すぐに咳払いをした。
 「あれはいま、別の仕事を申しつけてあります。今日はこちらに参りません」
 「お前は実に的確に俺のやる気を削ぐものだな」
 「丞相のやる気とやらと、花は関わり合いがございません」
 「それはお前が決めることじゃない」
 「花も丞相のやる気のために働いているわけではありませんので」
 「そうかなあ。花ちゃんは、俺がやる気を出すためって頼めば頷いてくれると思うけど」
 文若は瞬きして机に伸びたままこちらを見上げている孟徳を見下ろした。花であればひるむほどの怒気を発してるはずだが、あるじはしまりなく笑っているだけだし、部屋の外は鳥が妻問いのようにかしましく鳴きかわしている。
 「…何を頼むつもりかは存じませんが、花は必ずわたしに相談することでしょう。それでもよろしければ、どうぞ彼女にお申し付けください」
 孟徳の笑みが、まるで彼の申し出に首肯したかのように深くなる。
 「よし、言ったな」
 は、と口が開きかけて止まった。孟徳が背後を振り返って張りのある声をあげた。
 「おい、文若の惚気を聞いたな?」
 そこが、棚にしか見えないが実は扉であることを知っている。しかしそこから元譲が出て来たのを見て文若はゆっくり瞬きした。元譲は非常に苦り切った、そして気まずそうな顔で腕組みをして、何も言わなかった。
 「俺の勝ちだ」
 文若は元譲と孟徳を見比べ、踵を返した。反対側の窓際から抱えられる限りの簡を持って、孟徳の机の上に放り出す。がっしゃん、と派手な音を立てて簡の山が崩れ落ちた。そして入り口をばん、と開け放つ。待っていたらしい官が驚いた顔で飛び退いた。
 「丞相の机にお持ちしろ」
 「は? え、あの、まず、ご確認をと…」
 「構わん。さっさと持っていけ」
 殆ど怒鳴るような声に、官が飛び上がって小走りに孟徳の机に駆け寄った。あたふたと礼を取って簡を置いて飛び出していく。
 「ではまたお持ちいたします」
 文若は入り口で振り返って深々と礼をした。孟徳がひどく楽しそうににやついていることを確認し、叩き付けるように扉を閉める。花と遊ばせろとまたごねられる簡の量のような気がしたが、気が急くままむやみと足を進める。花をこの手の中に囲っておきたくなるのはこういう時だ。彼が愛でて止まない健やかさを損なうことは目に見えているから決して実行はしないが。
 惚気など言うなと釘を刺しておくべきか。しかし、隠し事ができない娘のことを思うとため息がでる。どうせあの面倒なあるじは、惚気などないと花が言えば、そんな面白くない男と一緒になることはないとか言って彼女を困らせるだろう。内心の葛藤とは裏腹に、彼の足取りはますます速くなっていった。


(終。)
(2012.3.16)

拍手[45回]

PR
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フリーエリア
プロフィール
HN:
のえる
性別:
非公開
メールフォーム
カウンター
アクセス解析

Template "simple02" by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]