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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 早安くんと花ちゃん。オリキャラたくさんです。


 


 早安は男の顔を見つめたままゆっくり瞬きをした。途端に相手が落ち着かなく視線を揺らす。
 「お前からってのは絶対漏らさないから!」
 早安はまた瞬きした。そのまま微動だにしないでいると、男は不服そうに唇を尖らせた。
 少しばかり金を持っていると言うなら、不特定多数が行き交う町のそういった店に行けばいい。多少値は張るし当たり外れは大きいが、はずれだったというなら男の見る目が無かっただけだ。日常暮らす村の中でこんな話をする危険を、この男はまるで分かっていない。信頼してるから話すんだなどと訳知り顔で言ってきた男を、その瞬間から早安は切り捨てている。
 この男は、村の中で自分がどれだけ噂されているか知らないのだろうか。妻を放り出して若い未亡人に入れあげて、と老婆たちの冷ややかな眼差しをそそがれているのを感じないのか。それはそれですばらしい鈍感さだ。頼りなげではかないと評判のあの女は、以前の夫もそんなふうに手に入れたのだと噂されているのを?
 男はせわしなく足を組み替えた。
 「じゃ、じゃあさ、そういう草が生えている場所を教えてくれよ」
 「子どもが食べてはいけない草をよく知っているのはお前の妻やお前の隣家の老婆だ」
 即答すると、男の顔が歪んだ。
 「そんなことだったらお前になんか聞くもんか…!」
 いかにも人生の苦悩に直面しているかのように呻く男の後頭部を見下ろす。
 (つまらないな)
 早安は冷静に、飽きた自分を見つめた。
 だいたい、薬草に関するある程度のことなら、村の人々は知っている。切り傷のときはあの草を傷口に一緒に縛っておけばいいとか、虫に刺されたときはあの草をもんで貼ればいいとか。早安もこういう仕事を選んだ当初はそこに入っていけるかどうか迷いもあったが、意外に薬を待っている者はいる。働き盛りは様々なことに追われているものだし、足腰が弱って山に入れない者も多いのだ。
 最も、早安がいま使っている薬師としての知識は、今まで培ったうちのほんの一部だった。ひとを助けるだけなのだから。量が過ぎれば毒、というその見極めを得ているだけだ。
 そのとき、おもてに軽い足音がふたりぶん、聞こえた。花が挨拶している声が聞こえる。男がはっと頭を上げた。
 「早安、ただいまあ!」
 「こんにちわ」
 にこにこと笑う花と並んで顔をのぞかせたのは、男の妻だった。男を認めて、笑顔が不安げに曇る。
 「どうしたの? どこか悪いの?」
 男は気の毒なくらいにうろたえた。立ち上がったひょうしに椅子が大きく揺れる。花は洗濯物が入ったかごを抱えたまま早安と男を代わる代わる見つめた。感じやすい彼女は、男のまとう落ち着かない気配に気づいたろうか。気づかなければいい、この男は薄いけれど確かに毒だ。もっとも、彼女にふさわしくないものだ。
 「お前は…どうしたんだ」
 男の声が掠れた。男の妻は決まり悪そうに首をすくめた。
 「少し頭が痛いから、いつもの薬をね。」
 早安はその時、男の目に光が横切ったように思えた。
 今まで、そんな目を何回も見たことがある。たぶん自分もああいう目をしたことがあったろう。相手を殺す手段を思いついたことに安堵した目だ。
 …俺は、そういうことに気がつく。花が思っているよりずっと、この根は深い。
 そう、俺は気づく。
 この女だってあの若い未亡人と同じような年齢だ。長く患いついた母と生意気でやんちゃな子どもふたり抱えて、大言壮語の好きな夫の背ばかり見つめてきた。むろん、酒浸りな夫をいくさで無くしむしろ織りでどうにか食べている若い未亡人だって苦労しているだろう。どちらがどうという訳では無い。そういう、世だ。
 早安は静かに男の妻に近づいた。
 「看よう」
 男の妻は少しだけ目を見張った。疲れたような目元の線が消えて、年相応のいろを浮かべた。
 「そんなに具合が悪そうかしら」
 男の妻はおどけたように言った。早安は静かに相手を見返した。
 「以前の薬で効かないならその必要があるというだけだ。」
 早安は男を振り向いた。
 「あんたは出て行ってくれ。花、手伝って」
 「うん!」
 いつの間にかかごを置いてきた花が、男の背を押すようにして部屋の外に出した。その機敏さは、花も何かを感じたのかもしれなかった。
 毒を手に入れたがっている男はいつ、何をするか分からない。自分が彼女を足止めしたことでなおさら疑心暗鬼になるだろう。信じるとたやすく言う者ほど、その重さを知らない。
 男の妻は診察用のうすい寝床に横になっている。目を閉じた様子がいかにも寛いでいた。この女の上に邪な考えが広がっているとは想像も付かない、静かな表情だった。
 「早安」
 足下を忍ばせて戻ってきた花が、小さく呼んだ。早安が淡々といくつかの薬草を煮出すよう指示すると、花の頬に赤みがさし、すこし揺れていたような目が落ち着いた。彼女も確かに、あのとき部屋の中に漂っていたうろんな気配を察したのだ。そうだ、彼女は自分と一緒にあの世界を、あの血のにおいのするなかを一緒に走った女だ。
 花は、男の妻が薄目を開けたのに気づいて笑いかけた。
 「すぐ、持ってきます」
 「ありがと。あのね、ここに横になって薬の匂いかいでるだけで良くなったような気がするのよ」
 男の妻が笑った。
 …ばかな、男だ。最も、こういう話を持ちかけてはならない者に話した。
 花が棚から薬草を取り出している後ろ姿を見ながら、早安はつかの間、目を閉じた。


※※※


 「早安、早安!」
 家に駆け込むと、早安が草を擂る手を止めて振り返った。花は駆けてきた足をもつれさせるように止めた。
 「どうした」
 「あのね、このあいだ早安と話してた男のひとがいるでしょ? 奥さんが頭痛もちの」
 早安はゆっくり瞬きした。
 「どうかしたのか」
 「えっとね、駆け落ちしたんだって!」
 早安はまた、瞬きした。
 「駆け落ち」
 「うん。男のひとがね、村のはずれに住んでる女の人と。ああ、駆け落ちっていうのはみんなが言ってたことなんだけど、ふたりが居なくなったんだって。あのふたりはずっとつきあってたんだって、みんな言ってるんだ。早安、知ってた?」
 「いや」
 返答がいつもの彼より素っ気なくて、花は瞬きした。いや、こういう噂話を自分だって好むわけではないが、小さな村では自分の立ち位置に関係なく押し寄せてくるものなのだ。でもいまの彼の答えは、ずいぶんすぐ返ってきたような…
 「それより、塩は買えたのか?」
 言われて、花は袂にくるんで抱えてきた小さい壺を思い出した。目の前に掲げると、早安が少し笑った。
 「そっちが大事だろう」
 「ほんとだ」
 ぽかんと言うと、早安がさらにおかしそうに笑って、花も照れ笑いした。さっきの違和感は、もうどこかへ行ってしまった。

 


(2013.2.26)

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