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花が角を曲がったとき、向こうから歩いてくる早安の姿が目に入った。彼もすぐ気付いたようで、表情が明るくなる。早安と連れだって歩いていた壮年の男が、冷やかすように笑って彼の腕をたたいた。早安が何か言っている。花はなんとなく近寄り難くて、少し歩調を緩めた。
男は花に軽く手をあげると自分の家に入っていく。扉が閉まるのを見届け、花は小走りに駆けて早安の傍らに立った。
「おかえり!」
「ただいま。」
花は、彼の背負っている籠をちょっと背伸びしてのぞいた。
「今日は少ないね?」
「今の時期はな」
「そういうもの?」
「ああ」
ふうん、と言って花は隣に並んだ。
ぽくぽくと花の靴の音ばかりが聞こえる。木靴のままだとつま先が痛いから、花は靴の中に古布を詰めていた。少し大き目のを履いているからそんなことをするのかと早安に聞かれたが、靴の大きさは関係ない気がする。けれどつい、サンダルのように、ちょっと蹴り上げるような足さばきになるのだ。早安の履くようなしなやかな革靴は、舗装されていない道で足の裏が痛くなることが多いので、家の中で履いている。
もともと履いていた靴は制服と一緒にしまった。早安は、次にいい革が手に入ったらお前の靴を作ってもらおうと言うが、早安の仕事に必要なものを買うのを優先しようという自分がいつも勝つ。
「何をしてた?」
早安がゆっくり瞬きしながら言う。花は籠を抱えなおした。洗濯物が少し重い。
「洗濯だよ。今日は久しぶりにちゃんと晴れたでしょう、みんな集まってきたの。にぎやかだったよー。そうそう、廉ちゃん、縁談が決まりそうなんだって。」
花は、仲良くしている娘の名を挙げた。早安が横顔のまま小さくうなずいた。
「そうか」
「川ふたつ越えたところにある村に住んでるひとらしいんだけど、廉ちゃんのお父さんがえらいひとに頼んでまとめてもらったんだって言ってた。だから相手のおうちはそれなりなんだって。」
「それなりか」
「うん。廉ちゃんね、色々言ってたけど、わたしがあんまりぴんときてなかったのがわかったみたい。花ちゃんはもとがお姫さまだからねって、久しぶりに言われちゃった」
ついと早安がこちらを見た。
「気にするな」
「うん、気にしてない。だってお姫さまじゃないもの」
早安が少し笑う。
「廉ちゃん、すごく楽しそうだった。格好いい人なんだって。わたしはきっといい奥さんになるのって気合い入ってた」
「料理が上手だと言っていたな」
早安はひとの特徴を覚えるのが恐ろしく早い。そして、忘れない。
「裁縫もね。ここに来たばっかりのころに、ずいぶん助けてもらったなあ。」
その代わり、根掘り葉掘、自分や早安の素性を聞かれるのには参ったけれど。
家の戸を開けながら花は少し黙った。あの子は、並んで洗濯をしながら、もうこんなことをしなくてもよくなるのと誇らかに言っていた。
花は、彼女が望む生活より便利な日常を知っている。あいづちをうまく打てなかったのはそれが原因だと思う。
あかぎれやひびとはこういうものかと初めて分かった。つま先のしもやけだってつらい。でも、洗濯機や乾燥機が欲しいと思ってもどうしようもないから、口には出さない。寝る前に早安が手に薬を塗りこんでくれたり、いろいろ考えて工夫したりするのが楽しい。そういうことは、この村に来た頃の花の手の滑らかさを羨んでいた年かさの女たちには、たぶん、分かってもらえない。のろけ、と言われてしまう。そういうものじゃない、だって誇る気持ちはない。でもうまく説明する自信がない。
籠を背から下した早安がこちらを振り返った。
「どうした」
花は瞬きして、笑った。
「お嫁さんに行ったら会えないよねえ、きっと」
「そんなことはない。その村ならすぐだ」
「そう?」
「ああ」
早安は、花が織った、表面がやけにでこぼこしたござの上で丁寧に草を分けている。と、その手が、混じっていた白い花を手に取った。
「みやげだ」
青臭いような瑞々しい香りがかすかにする。花は笑って受け取った。
「ありがと」
よく見る花だけれど。
ずっと枯れなければいいと思うこの気持ちもきっと惚気と言われるのだろうなと笑って、花はそれを入れる瓶を取りに立ち上がった。
(2012.10.23)
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