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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 えーと、今回は 花ちゃんと玄徳さんのお子さん視点の話です。
 パラレルお嫌いな方は、ごめんなさいです。そして最近、蜀さんちが続いて…次は紅いひと書きたい。










 「ただいま戻りました。」
 部屋の中に頭を下げると、刺繍をしていた母上と芙蓉どのがわたしに笑顔を向けた。
 「お帰り」
 「お帰りなさい、若君」
 芙蓉どのが立ち上がって礼をする。母は刺繍道具を置いて、わたしのほうへ歩いてきた。わたしの前にしゃがんで頭を撫でる。
 「今日は雲長さんの武芸だったね。」
 「しごかれたでしょう」
 芙蓉どのが笑いながらてきぱきと動き、茶のよい香りが漂ってくる。わたしは母上に手を引かれ、母の隣に座った。
 母上の部屋はわたしの部屋よりも狭く、調度もそんなに高価ではない。しかし、居心地がとてもいい。母上の香りがして、とても落ち着く。
 「雲長さんから一本くらい取れるようになった?」
 母が笑いながら聞いてくる。わたしは唇を噛んだ。芙蓉どのが茶を前に置いてくれる。それの水面が静まるまで、わたしは黙っていた。
 「…まだ型を教えていただいているだけですので、一本という訳にはいきません」
 そうとしか答えられないのが悔しい。雲長どのは父上の次に目指す武人だと思う。父上がお忙しく、なかなかわたしの相手をして下さらないので、余計にそう思う。
 ちなみに、父上の家臣である雲長どのを呼び捨てにしないのは母上の意向だ。母上はよく、わたしに、「相手がなにに頭を下げているか見ているんだよ」という。これは、孔明どのが母上によく仰っていたことらしい。わたしはまだ子どもだ。だから、父上の位のために人々から若君、と呼ばれて頭を下げられることはじゅうぶん承知しているつもりだけれど、母上の前でだけは父上よりも頼られたい気がする。
 「母上」
 「なに?」
 「母上は、今日も父上のお好きな柄を刺繍していたのですか?」
 母はとても幸せそうに微笑んだ。それは、子のわたしから見ても嬉しくなるような笑顔だ。父上は母上のことを少女のようなと褒めるが、ほんとうの子どもはあんな風には笑えないように思う。
 「芙蓉姫から教えて貰ったの。幸せの鳥だって。」
 母上の刺繍の手は、お世辞にもすばらしいとは言えない。でも父上ならば喜んでくださるのだろう。わたしは、椅子から立ち上がって母の手元にある布を覗き込んだ。
 「きれいな鳥ですね。」
 「そう? 嬉しい」
 母上がころころと笑う。
 おそらく、父上の肌着だろうと思う。父上は、上着はその位にふさわしい豪華なものを着るが、肌着は母上が織り、刺繍したものしか着ない。
 赤や黄色の羽を大きく広げて、鳥は飛び立とうとしている。父上の手のひらのように大きな大きな羽。
 「花もずいぶん上達したわね。乙女の一念岩をも貫く、ね。」
 芙蓉どのが囁くと、母上は芙蓉どのを袖でぶった。
 「芙蓉姫ってば。…だって、玄徳さんがとても喜んでくれるんだもの…」
 「母上、母上はわたしには何か下さらないのですか?」
 わたしが背伸びして言うと、母は瞬きして柔らかく微笑み、わたしの髪を撫でた。
 「あなたが元服の折には、わたしの刺繍ももっと上手になっているかも知れないし、その時には下着と言わず、上着も作れるんじゃないかな?」
 「本当ですか!」
 「うん。頑張るね」
 母は、照れくさそうに笑った。
 そのとき外から、父上の声が聞こえた。母上の表情がわたしに向けていたものとは違う明るさでともる。
 「どうぞ、玄徳さん。」
 扉を開けた父上は、わたしを見て、「おう、来ていたのか」と快活に笑った。礼を取る芙蓉どのに気にするなというように手を上げ、大股に部屋を横切ってくると母上を抱きしめる。猫の子に頬ずりするように母上の髪に頬をすりつける父上の顔は、はっきり言ってだらしなく緩んでいる。
 「ああ、久しぶりだなあ。花を抱きしめるのは」
 「大げさですよ、玄徳さん。それに、雲長さんと飲み明かすと言って帰らなかったのは玄徳さんですよ?」
 母上が笑いながら父上から離れた。わたしの側に戻ってきて、わたしを抱き上げる。
 「朝、あいさつに寄ってくれたのはこの子だけです。」
 わたしは、父上からも母上からも離れて育てられている。母上はわたしと一緒にいたいとずいぶん願ったらしいのだが、父上の位もあり、そうそう庶民のようなことはできないと言われたのだそうだ。父上を見ると、面白くなさそうな顔でわたしを見ている。…翼徳どのなら、「ざまあみろ」と言うところかな。そんな言葉遣いをすると雲長どのや孔明どのに叱られてしまうけれど、思うだけなら自由だ。
 「…そろそろお前は孔明のところへ行く時間じゃないのか」
 父上が咳払いをして言うので、わたしは澄ました顔をした。
 「孔明どのは今週、父上が地方視察をお許しになりましたので、いらっしゃいません。来週に二日続けて、手習いを見ていただくことになりました。」
 「まあ! 頑張ってね」
 母上がわたしを後ろから抱きしめた。わたしは首を回して母上を見上げた。
 「母上、母上も孔明どのの弟子だったのでしょう? わたしと一緒ですね」
 「そうだね」
 くすくすと母上が笑う。
 「師匠はあなたを教えるのがとっても楽しいみたいだよ。すっごく生き生きしてるもの」
 「…そうでしょうか…」
 毎回、孔明どのにぐうの音も出ないほどやりこめられることを思い出し、膝の上で手を握りしめる。
 「大丈夫、師匠もあなたが大好きだから」
 …自信がない。
 わたしが母上になんとか笑い返した途端、わたしは抱き上げられて床に下ろされた。
 「そろそろわたしの相手もしてくれ」
 「ち、父上!」
 「玄徳さんってば」
 さっきまでわたしが座っていた椅子に陣取り、母上の両手を包むように握った父上が、しらばくれた顔でこちらを見る。
 「お前はどうせ雲長の稽古が終わって一直線にここに来てるんだろ? あとは父に譲れ。」
 「ち、父上はわたしが生まれる前から母上と一緒ではないですか!」
 父上は、ふふん、という顔をした。
 「それで飽きるくらいなら、花を選んでいないぞ。」
 「威張るところじゃないですよ、玄徳さん…」
 言葉だけでなく抱き寄せられて顔を紅くした母上は、わたしを見て済まなそうにした。芙蓉どのがわたしの肩を抱く。
 「参りましょう、若君」
 「…はい」
 不承不承返事をすると、父上は満足そうに頷いた。わたしは部屋を出てため息をついた芙蓉どのを見上げた。
 「芙蓉どののところも、ああいう感じですか?」
 芙蓉どのは、顔を紅くして両手を顔の前で振った。
 「ととんでもない! 若君のご両親の仲睦まじさは格別でございます。」
 「…そうですか」
 わたしは、芙蓉どのと並んで、回廊から空を見上げた。白い大きな雲が形を変えながら視界を横切っていくまで、わたしたちはぼんやりそこに立っていた。母上の刺繍していた鳥のようなかたちの雲だ。
 「…母上のような方を、いずれわたしも見つけられるでしょうか。」
 「若君の母上のような方は、ふたりと居られませんわ。」
 即答にわたしの視界は揺れた。
 「残念です…」
 「若君はまず、雲長どのから一本取ることをお考えなさいませ。」
 芙蓉どのがきっぱりと言う。このかたは雲長どのとそりが合わないのだ、と母上が苦笑なさっていたっけ。
 「では、それができたのちに、母上のような方を探すことにします。」
 「…若君は玄徳どのに本当によく似ていらっしゃいますこと。」
 それはわたしには褒め言葉だ。
 聞きたくもないのに教えていく家臣は、わたしの母が高位の貴族出身でないことを真っ先に挙げる。孔明どのの弟子として拾われた得体の知れない人間だったことを理由に、わたしを褒めながら見張る。
 だからわたしは、屈するわけにはいかない。戦がなくなればいいと呟く母上の願いをかなえることこそがわたしの理由。それ以外は誰にも、父上にさえも負けたくない。
 いつか母上のような方がわたしの前に現れる時まで、わたしは父上を見上げるだけでなく追い越したい。その時の母上の微笑みを思うだけで、わたしは胸を張って歩いていける気がした。



(2010.4.26)

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