二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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玄徳さんと花ちゃんです。
芙蓉が持って来た薬湯はとても苦い匂いで、花は顔をしかめた。寝台の側で見張るように立つ芙蓉を見上げる。彼女は重々しく頷いた。
「呑みなさい」
「…うう」
情けない顔をしてみても、芙蓉の表情は変わらない。花は諦めて一気に飲み干した。想像した通りの苦みに、杯を投げ出すようにして寝台に突っ伏す。
「よしよし、よく呑みました」
「にがーい!」
「文句言わないの、躰にいいのよ」
「芙蓉姫に赤ちゃんができたら、絶対呑ませてあげるんだから…」
恨みを込めて見上げると、芙蓉は上品に笑った。
「おあいにく様、花とは鍛え方が違いましてよ。」
「そういうの、関係あるの!?」
「あるんじゃない? わからないけど」
侍女に杯を返した芙蓉が、花の掛布をそっと直した。花は肩を落とした。
「それにしても、起きてても駄目なの? さっき、赤ちゃんがいるって分かったばかりなのに…わたし、元気だよ?」
「丞相殿のご指示よ。聞き分けて」
芙蓉は、長い足をもてあまし気味に寝台脇の椅子に座った。あやすように花の手を握る。
「あなたはこの国の行く先を身ごもったの。玄徳さまも視察でお留守だし、あなたの師匠が大事を取るのは当たり前だわ。」
花は身を竦めた。芙蓉がのぞき込むようにしてくる。
「こわい?」
花は答えず、きつく手を握った。芙蓉の手がそれをなぞる。
「嫌って言うんじゃないよ。でもなんだか、いろんなことがいっぺんに来た感じで…」
「それ、あなた、玄徳さまと結婚する時にも言ってたわ。」
花は考えてみたが、こちらへ来てからそればかりだった気もする。花は柔らかい大きな枕に深く身をもたせかけた。
「ねえ芙蓉姫。本当に赤ちゃんってできるものなんだねえ」
白湯を飲んでいた芙蓉が、盛大にむせかえった。
「あ、当たり前でしょう!」
彼女の紅い顔が、伝染したように顔が熱くなる。
「だってだって、経験したことないもん!」
「あなたが玄徳さま以外と経験したら大変でしょっ」
「玄徳さんじゃなきゃ嫌だよ」
「じゃあいいでしょ! っていうか何言ってるのよあなた!」
芙蓉が立ち上がった時、扉が叩かれた。芙蓉がさっと顔色を改めて扉を細く開いたが、すぐに戻ってきた。
「丞相殿よ。どうする? 会う?」
「うん。ここで良ければ入ってもらって。」
芙蓉はちょっと眉をひそめたが、すぐに頷いて孔明を招き入れた。彼は起き上がった花を見て、にこりと笑った。
「やあ、気分はどう?」
「普通です。」
「それはよかった。はいこれ。」
渡された簡と筆記用具と孔明の顔を、花は何度も見比べた。
「丞相殿。まさかいま、手習いですの?」
僅かに尖った芙蓉の声に、孔明は袖をひらと振った。
「我が君に懐妊のご報告をぜひ、奥方からしていただきたいと」
「え、か、書くんですか?」
「それ以外に何があるの。キミ、もしかして雲長殿あたりから我が君に言わせるつもりなの?」
言葉は少ないがいつも落ち着いている雲長に何かと助けられている花は、その図を一瞬想像して強く首を横に振った。孔明が軽い笑い声を上げた。
「良し良し。じゃ、一刻も早く書いてね。国で一番の早馬で届けるから。」
「あの…玄徳さんはまだ帰らないんです、よね…?」
「そうだね、あと三日は。ちょっと難物の居る地域だからわざわざ我が君に行って頂いたのだし、なおさら、ね。早く顔が見たいならキミが簡を出すのが一番だよ。」
からかうような調子は残っていたが、孔明の気遣いはすぐに分かった。自分も、早く言いたいし会いたい。「あちら」なら電話もあったけれど、こういうことはメールでは違う気がする。
「頑張ります」
孔明がまた、可笑しそうに笑った。
「はいはい。じゃ、またあとで」
彼が出て行くと、芙蓉は花をのぞき込んだ。唇をつり上げるようにして笑う。
「文面はあなたがお考えなさいねぇ。」
「う、うん」
「さっきのようなことを書いちゃだめよ。男はいつでも実感がないものらしいから、玄徳さまをいじめないでね」
「…いじめるつもりなんて…」
「ああはいはい、惚気でしたわね。わたしも少し出て来るわ。」
「うん、ありがとう」
手を振って出て行く芙蓉を見送り、花は簡を見つめた。
使い古しでない、きれいな簡だ。墨もずいぶんいい香りがする。孔明が気遣ってくれたのだろう。
「赤ちゃんができました、だけじゃそっけないかなあ…」
そうだ、いま盛りの花でも添えて贈ろう。きれいな布でくるんでもいいかもしれない。そこまで考え、花は表情を引き締めた。何を浮かれているのだろう。躰には確かに玄徳との子がいて、それはとりもなおさず玄徳自身すらこの身に抱いているということなのに。花はひとつ頷いて簡を抱きしめた。
言葉はそっけなくなってしまうだろう、だって照れくさい。でもこれを受け取って、あのひとが喜んでくれるといい。城下の子たちと幸せそうに遊んでいたあのひとが、この子も同じように抱きしめてくれたらいい。ううん、きっとそうなる。
彼女は真剣な顔で、簡に筆を置いた。その横顔が少しづつ綻んでいくことを、庭の花だけが見ていた。
(2011.6.17)
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