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ふわあ、と花がため息をつくように賛嘆して広生は安堵した。
デートはいつも迷う。花が喜ぶところと思ってもつきあいはまだ長くない。それとも、つきあいが長くてもこういうことには迷うものだろうか。結婚してしばらく経てば、そういうことも生活に組み込まれてショッピングモールくらいで満足するようになるのか。謎は深い。
とりあえず今日は、雑誌のデート特集に沿って、新しくできたショッピングモールにあるプラネタリウムに来た。オープンからしばらく経つのにすごい人混みなのは驚いたけれど、プラネタリウムに入ってしまえば静かになる。そこでやっと、落ち着いたねと花が笑ったので、同じように人混みに緊張していたのだと分かる。次はもっと人の居ないところに行こう。
プログラムが始まると、音楽とナレーションは、小さい頃に行った施設とずいぶん違う気がした。「夜空」がとても明るい。甘い郷愁をさそうような音楽が低く流れている。
花はさっきの賛嘆の表情のまま、なかば口を開けるようにして「夜空」を見ている。それをしばらく見てから、自分もそれに目を戻した。
空っぽだな、と思った。
そんなことを思ったことはない。プラネタリウムはわくわくするもので、宇宙に行きたいとさえ思わせる。ただの夜空と同じようにひとを酔わせる。この一瞬までそう、思っていた。
だから、それはひどくはっきりと胸に迫った。
「あちら」から帰って以来、こんなにしげしげと夜を見たことがなかった。だからいまさら気づいたのか。
あちらでは、あの圧倒的な夜空を畏れた。繰り返すうち、星も畏れるものではなくなった。だが、この空はどうだ。平坦なそら、誰の運命も映さない空。こっちのほうが非情かもしれない。
ナレーションは続く。優しく、耳に心地よく眠りにすら誘う。
花の体温がすっと近づいた。暗闇の目が光って見えるというのは本当のことだ。
「こわいね」
唇だけが動いたように見える、ほんとうにかすかな呟きだった。自分の希望ではないかと思ったくらいで、広生は黙って眼を細めた。花が感じているのが自分と同じなのか、確かめるにはあたりはあんまりロマンティックに過ぎた。
花の体はすぐ離れた。それきり、彼女らしい真面目な表情で空を見ている。
何も映さない星に、彼女は安堵しているだろうか。それとも、もうそんなことは忘れてしまって、友人の子のように、あの可愛らしく厄介な星占いを楽しむだけか。いつか自分も元のようにこの素晴らしい技術をただ堪能できるようになるのか。
(ただのうつくしい夜空を見に行こう)
いつか、いつかそう言えるような仲に、年齢になったら、花をきっと誘おう。その時に自分が「あちら」を覚えているかどうかは分からない、もう今だって古いフィルムのように途切れ途切れだ。ただ、花と眺めるなら新しい美しさでそれを覚えられるだろう。広生はひとつ頷いて流麗なナレーションにただ聞き入ることにした。
(2012.12.01)
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