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広生くんと花ちゃん。放課後でーと、です。
ナナジュウヨンジュウ、という呟きの意味を捉えかねて、広生は花の顔を見た。
寒い青空が窓の向こうに広がっている。コーヒーショップの、大きく取られた窓ごしの景色は、投影されている映像作品ですと言われても信じてしまいそうだった。ひとつだけ浮かんだ雲や空を遮るビルを背景に、アニメやゲーム、古典的なお姫様スタイルや流行の芸人、西洋のお化けたちがざわざわと動いている。それをぼんやり眺めているうちに、恋人の発言を聞き逃してしまったらしい。
「広生くん」
花がいつになく強い口調で名を呼んだ。彼女が話すごとに、いま食べているオレンジマフィンの匂いがする。広生は瞬きした。
「なんだ」
「だからね、ななじゅう、よんじゅうだって言ったの。」
「そうか」
「聞いてなかったでしょ」
「ごめん」
花は目を細くして唇を尖らせた。
「明日の、土曜日のデートの話だよ。」
ああ、と広生は相槌を打ってコーヒーのカップを持った。ラージサイズを頼んでしまったが、「本日のコーヒー」は好みの味ではない。レジ横に並んでいたチョコレートでも買ってこないと飲み干せそうになかった。残すという選択肢は可能な限り選びたくないので、どうも割高なような気がして仕方ないチョコレートだが、買ってきたら花も食べるだろう。
「それで、何が、ななじゅうなんだ」
「降・水・確・率!」
ひとつひとつ区切って跳ね上がるように強く言われると、この国の言葉ではないようだ。花は小さな手で、フレーバーティーのカップを包み込むように持った。もう冷めているだろうそれを、慎重に口に運んでいる。
「ああ…じゃあ、公園で散歩は難しいな。図書館にでも行くか?」
「それはこれからでも行けるよ。」
花は、広生の安易な提案をざっくり払った。少し機嫌を損ねてしまったかもしれない。広生は座り直した。
「じゃあ、花がこのあいだ言っていた水族館はどうだ? ちょっと遠出するし、入館料は高いけど」
花はほんの少し眉間に力を込めた。
「そうだねえ…」
考え始めた彼女から目をそらし、広生はまた窓を見た。明らかに仮装と分かる人々はもう見えなかったが、雑誌の切り抜きみたいなぴかぴかした格好の人々は、じゅうぶん仮装に見えた。
異形であることを楽しむ意味がこの都会にあるのかはわからない。けれど、これが映像作品だったらそれなりに楽しめると思う。どこかに有り得ないものが映っているインスタレーション。けっこう話題になるのではないだろうか。そうしたら自分はそこに、おおらかな「兄」や豪快な「弟」が、笑って通り過ぎていく景色を見たい。それが死者の群れだとしても、悪夢よりはずっといい。それを慰めにして、自分は卑怯にも忘れていくことだろう。
「広ー生ーくーん」
顔の前で、花の白い手がひらひら踊る。彼は視線を彼女に戻した。少し不安そうな、心配そうな彼女が身を乗り出している。
「眠いの?」
花が言った。そういうわけではなかったが、広生は少し笑って頷いた。すると彼女は、しょうがないなというふうに笑った。そういうふうに微笑されるのが好きだというのは、最近分かった。だから、わざと頷いたとは決して言えない。彼は黙ったまま、コーヒーを飲んだ。
(2014.11.18)
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