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花は横を歩く広生をちらと見た。制服でない彼はいつ見ても新鮮だ。長身に長い手足をしているから大人になったらきっと、雑誌に出ているような服も格好よく着こなすのだろう。今だって逆ナンされるくらい格好いいのに、どうなっちゃうんだろうと思う。
そんなことを考える自分が現実逃避していると分かっている。だって彼があまりにいつも通りに見える。
「広生くん」
「ん?」
こちらを見た口元がかるく微笑んでいる。こういう顔も大人っぽい。
「広生くん…なんか、余裕?」
彼はおかしそうに笑った。
「そんなわけないだろう。『カノジョ』の家に初めて行くんだぞ」
「お母さん、すごい楽しみにしてた」
広生の微笑が苦笑に変わった。
「期待に応えられるか分からないぞ」
「広生くんだもん、大丈夫」
「お母さんに何を話したんだ?」
花は空を見た。
両親に広生を紹介したいという気持ちは、付き合いだして早い段階からあった。けれど、彼にどう切り出していいか分からず、日々の学校に追われ忘れたふりをしていた。広生が、花の家に行ってみたいと言い出さなければまだ長く煩悶していたに違いない。
彼氏を家に連れてくる。
そう切りだすまで、上の空で母を手伝いながらキッチンをうろうろしていたことを思い出す。世の中にはあけっぴろげに恋話をする親子がいるというが、ぜったい自分には無理だ。好きな人を連れてくると言えたとき、母親はなんだかとても嬉しそうだったが、父親は微妙な表情を浮かべていた。残念というか幸いというか、父親は今日は仕事で留守だ。今夜、母親が質問責めに合うのだろう。
広生は包みを持ちかえた。シックな色合いの紙包みは、いかにも母親が好みそうだ。プリントされたロゴに見覚えがある。
「それ、このあいだ一緒に行ったケーキ屋さん?」
「ああ。お前がうまいって言ってたからな、お前のお母さんの口にも合うだろう」
花は嘆息して空を見上げた。
「広生くんってモテる言い方をするよね」
「そうか?」
「このあいだ、みんなでお菓子食べてたときもそうだった。」
「そんなものか」
広生は首をひねっている。かな がそう言っていただけで、じつは花にもよく分からない。
いつもはなんとも思わない歩道が、今日は狭い。子どもの自転車がふたりを追い越していく。
「もうふたつくらい角を過ぎたら、すぐうちだよ」
「そうか。…ああ、公園があるのか」
道路にはみ出んばかりにたくさん停められた小さい自転車をよけて歩く。甲高い子どもたちの声が聞こえた。
「うん。いま見るとすごく狭いよね。でも子どものときはかくれんぼしてもすぐ見つけられないくらい大きく思った」
ささやかな植え込みに滑り台や鉄棒といった、ありふれた公園だ。公園の名前を書いたプレートの角がとれて丸くなっている。誰かがいたずら書きした栗鼠の絵が消えかかっている。ここで大きな犬に追いかけられたっけ、と花は忘れていたことを思い出した。犬は遊びたかったのよと母は言っていたが、あんなに怖いものもなかった。
「そういうものだよな。俺もたまに小学校のころの通学路を通るけど、こんなに短かったかとか、こんな狭い道だったのかと思うしな。花が通っていた小学校はここから近いのか?」
「歩いて二十分くらいかなあ…いまはもう行くことがないからわからないけど」
「たまに歩いてみろ、びっくりするぞ」
「そういうもの?」
「ああ」
くすくす笑った広生は瞬きして空を見た。きれいな雲をひいて飛行機が飛んでいく。
「こうやって花の両親に会いに行くのは早いほうがいいとは思っていたんだが、いざその日が来ると長かったような気もするな」
複雑な言い方に、花は眼を伏せた。ふたりにはただの感慨ではない。
「花」
呼ばれて顔を上げる。いままで見たことがないくらい、やさしく微笑している広生がいた。花は思わず立ち止まった。
「ありがとう」
喉の奥が詰まったように何も言えない。その表情があんまり深くて、強くて、花をまるごとくるんでいる。
ふと、あちらを思った。大事なひとたちとともに笑ったり泣いたりしたたくさんのこと、最後には見送ってくれたそのひとたちがいま、自分たちを見ている。
広生が緊張を解くように笑う。誰かがだぶったようだった笑みが消え、年相応の空気が戻った。
「駄目だな」
「え?」
「もう花のご両親に気に入られた気になってる」
花は瞬きした。まるでそれって、結婚の申し込みに行くみたいではないか…? 花は段々と熱くなる頬を抑えながらうつむいた。
「気に入る、と思う、よ、広生くんだもん」
いっこうに返事がないのでそろそろと目をあげると、彼は視線をそらして眼鏡を押し上げた。
「つぎは俺の家だな」
「そ、そっか、そうだね」
どう言いようもなくてまた眼を伏せる。今日の比でない緊張がおそうだろうその時のことを考えるとめまいがしそうだ。だから花は、広生が嬉しそうに笑ったのを見なかった。
大股に歩きだした彼を追いかける。背中ごしの空には、ぼやけはじめた飛行機雲だけがかかっていた。
(2012.10.10)
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