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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 広生くんと花ちゃん。
 ある秋の日。




 力いっぱい伸びをした花に、隣を歩いていた広生が微笑した。花は赤くなった。
 「だって気持ちいいんだもん」
 「そうだな」
 低い声がまだ笑いを含んでいて、花は少し唇を尖らせた。
 風は強いが、抜けるような午後の青空が広がっている。色の変わり始めた並木がゆっくり揺れ、どこかから銀杏の匂いがしていた。足元に落ちた葉は乾いた音を立てて渦になる。広い公園は子どもたちの歓声があっちこっちで上がり、撮影会でもあるのか、望遠レンズ付きのカメラを抱えた年配の集団が講師らしい人物の話に聞き入っていた。
 広生は深みのあるオレンジ色のコートを羽織っていて、今日も少しだけ年上に見えた。天気がいいと格好よさも増すのかなと思う。
 「デート日和」
 花が呟くと、また広生が笑った。
 「広生くんってば、そんなにおかしい?」
 彼はまだ柔らかい表情のまま言った。
 「箸が転んでもおかしい年頃とか言うだろう」
 「広生くんが言うとなんかヘンだよ」
 「そうか?」
 「そうだよ。かな ならともかく」
 「同じ年齢だ」
 「そうだけど」
 広生の手が、花の手をすくうように握った。そして立ち止まる。
 「なんだろうな、あれ」
彼が顔を向けたほうには、いつも見かけるコーヒーのワゴン販売車が停まっていた。シックなカラーリングの車の近くを通るとブランデーの匂いがかすかに漂ってくるので、そういう飲み方もあるのかと思う。花はいつもカフェオレで、広生はブラックで飲む。
 そのワゴンの向こうに、人だかりがあった。段ボールがいくつも地面に置いてあるのが見え、その前に人がしゃがんでいる。
 「フリーマーケットかな?」
 「さあな…」
 「行ってみようよ。いいでしょ?」
 広生が頷いたので、花は彼の手を強く引いた。
 小さな広場は、けっこう賑わっていた。フリーマーケットのように、個人が段ボールで持ち込んだ古本を売るイベントらしい。軽食のコーナーもあって、ワッフルを焼く匂いが漂ってくる。音楽は流れていないが熱っぽいやりとりがそこここでなされ、同じ趣味の人間が集まった時に特有の、膜のようなものに包まれている。
 「ずいぶん可愛い古本市だね」
 「そうだな」
 広生の声がどこか上の空で、花は笑った。このひとは、本当に本が好きだ。
 「自由行動にしようか?」
 花が言うと、広生はゆっくり瞬きした。唇の端が悪戯っぽく持ち上がる。
 「放っておくと長いぞ」
 言い方からすると、本当に長くなるのだろうか。こんな日に、それはない。
 「それは嫌かな…」
 その答えに、広生は嬉しげに微笑を深くした。
 「じゃ、一緒に見て回ろう。」
 「うん」
 段ボールには、本当に様々な本が詰まっていた。ちょっと前に流行った本ばかり集めた箱、写真集やレシピ本、SFばかりの箱もある。広生が立ち止まるのはやはり歴史小説で、黙々と品定めをしている。ふんわりした雰囲気の女性から古そうな薄い文庫本を買った彼は、嬉しそうに花を振り返った。
 「探してた本なの?」
 「ああ」
 表紙を、長い指が撫でる。白地に濃緑で書名と著者名が記されているだけの本だが、広生は心底、嬉しそうだった。
 彼はその本から目を離し、遠くを見るようにして呟いた。
 「こういうところに、あの本もあるのかな」
 花は、少しだけ唇を緩めた。
 「同じこと、考えてた」
 「そうか」
 「でもね、あの本は、あの本を求めているひとのところには来ない気がするの」
 広生は、長く息を吐いた。
 「そうかもな」
 花をちらと見て、かすかに笑う。
 「あんな仕掛けのある本だからな」
 彼が言うのは、囚われるのを指すのだろう。花は彼の指先に触れた。 
 「わたしたちにはもう見つからないよ」
 彼は横顔のまま、花の手を握った。
 「俺もそんな気がする。」
 とても小さく低い声だったが、深い確信のこもった声だった。
 「あれは、ひとが右往左往するのを見ているのが楽しいんだろうな」
 あれ、と呼ぶ声には、とても色々な感情がある気がした。彼は一瞬、唇を歪めたがすぐ表情を明るいものにして花を見た。
 「あのワッフルでも買って帰ろうか。花のお母さん、好きだろう」
 「広生くんは、早くその本が読みたいんでしょ?」
 「まあな」
 わざとらしいほど眩しく笑う彼から、花は目をそらした。ワッフル売り場の旗が大きくはためいている。
 あの本はなぜ存在しているんだろうと、誰が作ったんだろうと、ぽかりと考える時がある。広生はきっともっと考えているだろう。
 花は、課題がなければあの本に触れることはなかった。でも、駒を見たときに興味をそそられたし、並べられた質問は性格診断みたいでどきどきした。きらびやかな英雄の話が伝えられていたって血が花の匂いであるはずもないのに、あの本は本当によくできている。あそこにあるのは、ただの戦だというのに。
 このひとと一緒に帰ってこられて良かった。ワッフルにシナモンシュガーのトッピングをするかどうかで真剣に悩んでいる広生の横顔に、花は微笑した。


 


(2014.11.1)

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