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苦手な方は引き返してくださいね。
視線の先では、花が公瑾とオセロをしている。ぺたりと床に座ったふたりはもう一時間近くもあきずにそのゲームをしていた。公瑾がふくふくした指でぱち、とマグネットになっている駒をひっくりかえすたびに、花は笑ったり困ったりしている。孟徳は眼を眇めた。
「あの子はこんなゲームの才能もあるんだな」
ふふ、と彼の後ろで柔らかに笑う気配がした。
「勝負を挑んで来たら?」
「やだよ。」
「負けずぎらいねえ」
「…分かって言ってるだろ」
斜め上に睨んでも、女あるじは笑顔のままだ。孟徳はまた前を向いて肘掛けに頬杖をついた。
「まああの子は人じゃない。ババぬきくらいのかわいいゲームならおもしろいかもしれないけど、あれは俺の敵じゃないな」
「分からないわ。おひめさまの添い寝でも賭けてごらんなさい」
「それこそ、あんなゲームで賭けるのはつまらない」
孟徳は肩をちょっと動かした。
「あいつが負けて花ちゃんに泣きつくのが嫌だ」
「ほんとうに負けず嫌いねえ」
くすくすと笑った女あるじが離れていく。じき、紅茶のいい香りが漂った。
今回は花が勝ったらしい。公瑾が少し膨れたような顔になった。派手な音をたてて駒が散らされ、公瑾がそのひとつを花につきつける。えーもう一回?という花の苦笑ぎみの声が聞こえてくる。
「さあ、いちどお休みなさいな。」
女あるじが声をかけて二人の横のテーブルに花のぶんの紅茶を置く。花が救われたようにそちらを見た。
「ありがとうございます」
「あとで散歩に行ってらっしゃい。南の庭の薔薇が満開だから、王子さまもきっと気に入るわ」
花の膝の上で俯せに寝そべり足をぶらつかせている公瑾を見下ろし、女あるじは笑った。花はまた苦笑して、その髪を撫でた。
「なんだか最近、ほんとうに離れなくて。」
「あなたはどこにも行かないのにね」
花が一瞬、表情を消し、おやと孟徳は思った。だがすぐに彼女は公瑾を抱き上げると、足がしびれちゃうよ、と笑った。公瑾は花が飲もうとしている紅茶の香りをしきりにかいでいるが、花が制止すると唇を尖らせた。あの店での「しつけ」が行き届いているのか、それ以上ねだることはなかったけれど、花の膝の上から動こうとしない。
戻ってきた女あるじが孟徳の前にも茶を置いた。彼は長々とため息をついた。
「なんであんなふうに笑えるんだろうなあ」
「あなたがおひめさまに向ける笑顔と大差なくてよ」
つかの間、目を閉じる。そんなことはない、と軽口でも言いたくなかった。
「あれは、なんなんだろうな」
茶に口を付けながら言うと、孟徳のはす向かいに座った女あるじはゆっくり微笑んだ。
「危険なもの、とでも言いたいのかしら」
孟徳は、育った観用人形を妻にした男を思い出した。
「ある意味では」
「つごうのいいことばね。」
急に紅茶が渋くなったような気がする。
「お前ね…」
「あの子たちはあんなにきれい」
歌うように彼女が囁く。
「きれいな容姿、すばらしい服。それ以上に愛が必要」
くす、と彼女は微笑した。貶めるようでも、諦めたようでもなく、ただ面白いというふうに。
「あなたのようなひとに必要」
「あのな」
「あの子たちは夢のつづき。望む相手を待ち続けられるという夢。ひとなら誰もが夢み、そしてかなえられないもの」
馴染んだ彼女の声はその時だけ、巫女のようにおごそかに響いた。孟徳は彼女を見た。変わらない、穏やかな笑みに苦笑を零す。
「怖いな」
「そうかしら」
くす、と彼女は笑った。つきあいの長い孟徳には、彼女が続けなかった言葉がすぐ分かった。あなたもそうではなくて、と彼女は言うのだろう。孟徳はカップをテーブルに戻し、立ち上がった。何か話している花の側に立つと、顔を上げた彼女に笑いかける。
「散歩に行こう、花ちゃん」
「はい」
途端に、公瑾がむすっとした。花の手を取ると、人形はすかさず花のもういっぽうの手を両手でぶらさがるように握った。花が苦笑する。
「公瑾くん、重いよ」
「そうだぞー。ちゃんと歩けなくて花ちゃんが怪我したらどうするんだ」
孟徳が斜めに見下ろすと、人形は口惜しそうに孟徳を見上げ、ふいと顔をそむけた。その仕草が、この優美な少年の人形の中でとても生々しい。花は気づかぬようにくすくす笑いながら、孟徳を見た。
「おじさま、お願いがあるんですけど」
「ん?」
「あとで、公瑾くんの琵琶を一緒に聞きませんか?」
「びわ?」
聞き慣れない単語に驚く。花は大きく頷いた。
「わたしも琵琶っていう楽器はちゃんと聞いたことがないんですけど、公瑾くんはそれを弾く子だって言われたんです。わたしのアパートだとどんな楽器もちょっと無理だし、公瑾くんが演奏できる子ならちゃんと聞いてみたい。」
ね、というように公瑾に向かって微笑みかけた花に、公瑾がきらきらと笑う。瞬時に、彼の世界は花だけになる。
孟徳は髪をかきあげた。
「そのあいだ花ちゃんは俺の隣で聞くんだよね?」
「そう、ですね、きっと。こう、抱いて弾くものだと思いますから」
つたないジェスチャーをしてみせた花に笑顔を向ける。
「じゃあいいかな」
花は複雑そうに肩を竦めた。公瑾がその手をぐいと引いて彼女の体が大きくかしぐ。引っ張られるままともに歩き出せば、花が振り返って微笑う。
その笑みがいつもよりくすぐったかった。
(続。)
(2012.11.27)
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